「あの子は勉強・仕事ができない」は勘違い。人を育てる研究者に聞く“できない部下”との関わり方

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仕事ができない、指示待ち人間の部下ばかり――多くの上司がこのような悩みを抱えていると聞きます。一体どうすれば、自分で考えて能動的に動ける人を育てられるのでしょうか?

そんな疑問が渦巻く中、「私の研究室に指示待ち人間は一人もいない」と断言するのは、農業研究者の篠原信さん。

篠原さんは学生やスタッフと接しながら模索する中で、彼らの意欲を引き出すための、とっておきの方法を編み出しました。篠原さんにその極意を伺います。

PROFILE

篠原信 農業研究者
篠原信
農業研究者
1971年生まれ、大阪府出身。農学博士(京都大学)。中学時代に偏差値52からスタートし、四苦八苦の末、三度目の正直で京都大学に合格。大学入学と同時に塾を主宰。不登校児や学習障害児、非行少年などを積極的に引き受け、およそ100人の子どもたちに向き合う。本職は研究者で、水耕栽培(養液栽培)では不可能とされていた有機質肥料の使用を可能にする栽培技術や、土壌を人工的に創出する技術を開発。世界でも例を見ない技術であることから、「2012年度農林水産研究成果10大トピックス」を受賞。著書に『自分の頭で考えて動く部下の育て方 上司1年生の教科書』(文響社)、『子どもの地頭とやる気が育つおもしろい方法』(朝日新聞出版)、『ひらめかない人のためのイノベーションの技法』(実務教育出版)。

「勉強できる子」に見られる大きな違い

―篠原さんの本業は、農業関係の研究者。

はい、「トマトのお医者さん」です。トマトの病気の研究者でして、昼夜トマトに病原菌をぶっかけては枯らして殺すという、悪趣味な研究をしています(笑)。

―子育てや部下の育成についての本も出されていますね。

私自身が大学生のときに10年間、塾を主宰してたんですよ。そのときにはまだ指導力がなかったので、「あのときどうすればよかったんだろう」と、ずっと考えながら生きてきました。

その後も学生たちを指導しながらいろんな発見をする中で、友人から子育て相談をされたことがあって、それを上司と部下の関係になぞらえて「ツイッター」で書いたら、どえらくバズって。部下の育成本を書くきっかけになりました。

今は、9歳と5歳の子どもがいるものですから、気づきがあったときに「みなさんに共有したらお役に立つかも」ということを呟いたりしています。

―その中で「勉強ができる子・できない子」に関しての面白い議論がありましたね。

「勉強できる・できないは生まれつきで決まる」とおっしゃる人とお話ししていたのですが、私はそんなことはない、と。もともと聡明な子はいるかもしれませんが、勉強ができないのにはやっぱり環境要因がかなり大きいというのが私の考え方です。

「勉強できる子」っていうのは、もともと電気工作や星の観察が好きだったり、あるいは花の構造をまじまじと見たりとか、そういう「体験のネットワーク」が出来上がっていて、そのうえで言葉を聞いたときに「あ、これが『雄しべ』っていうのか」と、後から名前を覚える。

逆に「勉強できない子」は、学習の手前で必要な体験が欠落しているがために、学習が積み上がっていかない、と私は思っています。

―勉強ができるようになるには、「体験ネットワーク」の厚みが必要だ、と。

そうですね。でも、その前にもっと重要なのは「意欲」ですね。勉強できる人っていうのは、新しいもの、自分が今まで知らなかったものがあったら、「やった!」って嬉しくて飛びつくんですよね。学校の先生の話を受動的に聞いているようで、実はすごく能動的に学びにいってるんですよ 。

ところが、「勉強が苦手だ」とか「仕事の働きがどうも悪い」っていう人は、「自分から取りに行く」という能動性を失っているんです。

そうなってしまう大きな原因は、能動的に動くことを求められた経験が薄いから。その人が能動的に動くのを待ってあげられる人が、それまでいなかったからだと、私は思っています。

赤ちゃんのころの能動を取り戻す

―「能動的に動くことを待つ」というのは、どういう状況なのでしょうか?

例えば、子どもが幼稚園に行く前に早く靴下を履かせたいとき。子育てをやっていたら、毎日戦いですよね。

それを「靴下履きなさい」と言うと、子どもは命令されて受動的になりますが、「お前、靴下よう履かんのか、お父さんが履かせたろか」って挑発気味に言うと、「これぐらい履けるよ!」って慌てて履くんですよね(笑)。「お父さんとどっちが早いか競争しようか」と言うと、がぜん楽しくなる。

そうやって能動的に取り込んだことって楽しいし、やり遂げた感が出るんですけど、命令に従わされるっていうのだと、受動的で面白くないという気持ちがやっぱり先に立つし、いつまで経っても「自分ができた」という感覚を持てないんですよね。

―なるほど。自分から取り組むように持っていく。

そして苦労してでも靴下を履けたら「へえ、自分で履けるんだ、やるねえ」って、驚いてみせる。そうしたら子どもも得意満面になって、もっと能動的に「こんなこともできるんだよ」と、見せたくなりますよね。

人間にとって、だれかが自分の成長や発見で「驚く」っていうのは、ものすごく大事な心の栄養だと、私は思っているんです。それはきっと、赤ちゃんのときの経験が影響していると思います。

赤ちゃんは立てないし、言葉も話せないけれど、いろんな試行錯誤をしながら、大人に教えてもらわなくてもそれができるようになります。

そのときに「今、立ったよね!」とか「言葉をしゃべった!」とか、親が自分の成長に驚いた、驚かせることができたという経験を強い快感として覚えているように思います。それをもう一回取り戻せばいいんじゃないでしょうか。

―それは受動的な部下にも応用できますか?

そうですね。例えば私は、「これどう思います?」ってよく聞くんです。そうするとはじめは「先生はそれを教えてくれる人なんじゃないんですか?」と思われているようですが、まずは相手の意見を引き出す。

相手に質問をして、その答えを面白がって、その答えにちょっとプラスアルファの情報も加えてまた質問するっていうのを繰り返していく中で、本人に解決策を提案してもらうんです。

そうすると、本人も自分の提案したアイデアだから「これをやったらどうなるんだろう」とワクワクしながら取り組む。だから、当然前向きに、能動的になる。

そして前より注意深く観察するようにもなるから、気づくことも増えて、私に報告してくれるようにもなります。そこで、「よく気づきましたね」っていうふうに驚いていると、「もっと観察して、気づいたら報告しよう」となってくれる。私は質問して、驚いているだけなんですよね。

そういう意欲とか能動性っていうのは、どんな部下も、どんな仕事であってもきっと出てくると思います。嫌いでさえなければ、かならず楽しく取り組めるはずです。

部下が勝手に動き出す

―部下が能動的になるのを待つのは忍耐力が要りそうですね。

上司の方って、昇進するくらいですから、部下だったころ優秀だったと思うんです。自分は上司の期待に応え続けたことで上司になったから、「なんでお前は上司の期待に応えようとしないんだ」って部下にイライラするタイプの方が、優秀な人ほど多いかもしれません。

でも、どんな人も楽しく仕事がしたいし、能動的に取り組みたいし、自分のアイデアが実現したっていうのはものすごく嬉しい。人に命令された仕事で徹夜をすると、ものすごくしんどいけれど、自分のアイデアで取り組み出したことだと、「もう3日連続で徹夜しちゃったんだよね」って、むしろ自慢するぐらいのめり込んじゃう。

こんなふうに意欲が出てくると、上司よりも先のことを見越して進んで取り組むようになります。「すべては意欲で解決する」と言っていいぐらいですね。

―意欲を引き出すには、どのぐらいの時間が必要ですか?

新しい学生やスタッフが来てくれたら、私はとにかく1カ月間かなりつきっきりの状態にするんですけど、そこで質問と前向きなフィードバックを繰り返していると、能動性は確立してきます。

とにかく私は、相手の言ったことに驚くようにしています。そうしたら、「この人は基本的に否定しない。なにを言っても面白がる」と思ってもらえる。

失敗したときもむしろワクワクして、「じゃあ、次からどうしたら失敗せずに済みますかね?」と質問して、またアイデアを出してもらって。

そういうことをやってると失敗しなくなるし、作業の根づき方も早いし、観察眼もよくなります。

―部下がやりたい放題に暴走するおそれはないですか?

たしかに「ああ、分かった分かった、できるできる」って、バーっとやってしまって大失敗……という人もいますけど、そういう場合は、「これ、どうやるか知ってる?」と、最初に訊くようにしています 。そしたら、不安になるんですよ、だいたい。

「あれ、俺の知らんことがあるかも……」と、ちょっと慎重になって、「分かっていないことがあったらいけないんで、教えてもらえますか?」という姿勢になりますよね。

ああしなさいこうしなさい、と指示するから、「そんなこと分かってるよ」となって暴走しちゃうんですよ。だけど、相手に質問するスタイルは、能動性を引き出すだけじゃなくて、慎重さも引き出します。

意欲はノルマを超える

―組織の中で目標やノルマがある中でも、まずは部下の意欲と。

私も仕事をやるうえでノルマがあるんですけど、「ノルマは達成できなければ、自分が謝ればいい」と腹をくくって、スタッフとか学生には一切ノルマのことは言わないです。

「あなたが昨日より今日積み上げたことに驚くし、楽しむ」いうことをやり続けることで、スタッフの意欲を高めることに注力します。

ノルマっていうのは意欲がなくてもお尻ペンペン叩けばなんとか達成できると考えて設定されるのでしょうけれど、意欲がなければなかなかうまくいきません。ノルマなんか忘れて本人がやりたくて取り組んでいるものは、結果的にノルマを超えちゃうんですよね。

―そうすると、ノルマを達成するために会社の目標を滔々と説くことは、実は上司の仕事ではない?

それは逆に、「その上司はサボっている」としか言えないと思います。会社から言われたことを部下にそのまま伝えているだけですよね。

上司はノルマを自分の腹の中で全部処理して、最終的にそのゴールにたどり着くように部下の意欲を持っていけばいいだけだと、私は思います。

会社の目標を達成するのは上司の仕事であって、部下の仕事じゃない。基本的に部下っていうのは、単機能で動く存在として雇われているはずです。部下は与えられた職分をしっかり意欲的に取り組めれば、それで仕事は終わりなはず。

複雑怪奇に動くことを求められるのは上司です。数カ月先のゴールを頭の中に置いといて、部下がどれぐらい意欲的に取り組んでくれたらそこに間に合うのか、という戦略を立てて、その方向性がズレていかないように制御するのが上司の仕事ですよね。

―そんな中で会社、つまり上司の意向と部下が考える方向性をすり合わせるには、どうすればいいのでしょうか?

まずは、上司が「我々の会社には今こういう課題がある。その課題に対して君の意見を聞きたい」というふうに質問して、部下に答えを出してもらう。

そのとき、会社の方針に真っ向から反対するような意見であっても「面白い見方をするね」というふうに、とにかく否定的なことは言わない。

そして、理由を聞いて深堀りして、「うん、君の意見もよく分かった」と受け止めたうえで、「会社はどういうつもりでこの方針を出したと思う?」と聞く。そうすると、「社長はこう考えたのかもしれない」と、ちょっと寄ってきたりするんです。

とにかく部下が能動的にいろんなことを考えて進めていくのを、質問して驚くというリアクションをやることでアシストする。そうすると、自然に共通意識として持てる部分が見つかって、「そこは頑張ろう」というふうに落ち着くと思うんですよね。

―なるほど。基本は質問して、驚いて、相手から意欲を引き出す。

はい。それさえできれば、部下はびっくりするぐらい伸びて、「まさかここまで成長するとは!」となると思います。

ぜひ、上司の方々は「この基準を乗り越えてもらわなければ」というような期待をいっぺん捨てて、「君がどこまで伸びるのか遊んでみよう」という気持ちで、部下の成長を楽しんでもらえたらな、と思います。

[取材・編集] 岡徳之 [構成] 山本直子

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