メンタルの強い人に共通する「5つの習慣」日本のレジリエンス第一人者に聞く

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現代のビジネスパーソンにとって、メンタルヘルス、心の健康を保つための自己管理は必携スキルと言っていいでしょう。このコロナ禍ではその必要性がますます高まっています。

実は近年、どうすればメンタルヘルスを良い状態に保てるかについて、科学的に多くのことが分かってきています。しかし、それを知り、「習慣」として実践する人はまだまだ少ないのでは?

今回は、「レジリエンス」の第一人者として知られ、「NHKクローズアップ現代」などにも出演された精神科医の大野裕さんに「メンタルへルスを保つ5つの習慣」を伺いました。

「休むこと」より「メンタル不調で出社する」ほうが大損失

ビジネスパーソンのメンタルヘルスへの関心の高まりを医療現場で感じますか?

私のような精神科医には、実は2つのタイプがいまして。一つは薬を専門にする医師、もう一つはカウンセリングを専門にする医師です。私は治療ではその両方を使いますが、専門はカウンセリングで医療機関で治療に携わる一方で企業内診療所でストレスを抱えるビジネスパーソンたちの話を聞き、手助けをしています。

そうした中で、メンタルヘルスへの関心の高まりについては、実際に私のところに相談に来られる人が増えているという意味でも、ひしひしと感じています。特にこのコロナ・パンデミック後は、これまでと違った理由で心の調子を崩す人が出てきています。

そもそも企業がメンタルヘルスに注目し始めたのは1990年代のことです。ちょうどバブル期とバブル崩壊後の時期。そのころは「過重労働」、またそれによる自殺の増加が時代背景としてありました。

その後、「健康経営」に取り組む会社も出てくるようになり、メンタルヘルスは変わらずビジネスパーソンにとって関心事だったと言えますが、このコロナ禍では「急激な環境変化によるストレス」のために悩む人が増えています。

よく、企業のメンタルヘルスへの取り組みと聞くと、「うつ病などにかかって、会社を休んでしまう人をどうすれば減らせるか?」と想像する人が多いのではないでしょうか。休職してしまった人たちの復職支援のような。たしかにそれは大事です。

しかし、驚くべき研究結果があります。実は「休んでしまう人」がいることより、「ストレスを感じながら出社している人」がおり、彼らのパフォーマンスが低下してしまうことのほうが経済損失は圧倒的に大きいんです。

統計的には、日本では「人が休んでしまう」ことの経済損失は年間約400億円。一方、「人がストレスを感じながら出社する」ことの損失は、なんとその100倍、年間約4兆円と言われているんです。

さらに、ある大手企業の健康保険組合が調べたところ、社員の15%は精神科で出される薬を飲んでいたそうです。それだけ多くの人が深刻なストレスを感じていて、本来の力やパフォーマンスを発揮できずにいるということ。それを改善することは、個人にとっても、会社にとっても大切なことなんです。

気持ちが「ネガティブ」になるのは人間にとって必要なこと

職場のストレスにどう対処すればいいでしょうか?

「今の上司と仕事をするのがつらい」という状況を考えてみましょう。

「上司の性格は変わらないから、自分が我慢するしかない」と考えられる人もいますが、嫌なものは嫌なんですよね(苦笑)。そう思ったらまずは、自分にいま何が起きているのか、情報を集めて整理をしてみましょう。

「本当に自分には何もできないのか?」と考えてみると、意外と我慢以外にもできることが見えてきます。上司の上司、自分の昔の上司、人事部に相談する、会社の相談窓口、労働組合に掛け合ってみる、だとか。上司の上司や、保健スタッフが働きかければ、上司の性格までは変わらないとしても、行動は変わるかもしれません。

つまり、「いろんな選択肢を考えられる状態にあること」が対処のポイントです。「上司に言ってもなにも変わらないんじゃないか」と思っても、それはやってみないと分かりません。やってみて、ダメだったらやり方を変える。それは仕事でもメンタルヘルスでも同じなんです。

最近はメンタルヘルスの専門家でなくても、人の相談に乗る人が増えていて、中には「自分の悲観的なモノごとの捉え方をポジティブに変えましょう」とアドバイスをする人もいるのですが、捉え方だけ変えても問題は繰り返すだけ。

それに、モノごとをネガティブに捉えるのは人間にとって必要なことでもあるんです。常にポジティブでいる、って実はその人にとってむしろ危うくて、ポジティブとネガテイブはバランスよくあるのがいいんですよ。

原始時代の人たちを思い浮かべると、分かりやすいかもしれません。のんびりしていたら、常に動物に食べられる危険と隣り合わせ。だから人は、それがどんな情報であれ、最初に入ってきたときにはかならずネガティブな反応を示すようにできている。

だけどそのうちに、次第に冷静になり、身のまわりで起こっていることの情報を集め始め、安心し、そのネガティブな度合いが下がっていく。そうして、その人にとって適切な判断を下していく、というのが、通常の認知プロセスなんです。

それを、「自分は気にしない」とポジティブになりすぎて開き直ると、たしかにその後、行動量は増え、一時的には成果は上がるかもしれませんが、深層の課題に気づけず、後々より大きな悩みにぶつかるリスクもあります。

現代は動物に食べられるような危険はそうそうありませんが、なにかを察知したり気になることがあれば、まずは何が起きているか情報を集め、整理することに自分の意識を向けることが大切です。

大野裕さんのご著書『「心の力」の鍛え方』
大野裕さんのご著書『「心の力」の鍛え方

メンタルが強い人に共通する「5つの習慣」

ネガティブになるのは必要なこと、「なりすぎる」のがよくないのですね。

ネガティブになりすぎるのも、ポジティブになりすぎるのもよくない。大事なのは、ネガティブになりすぎそうなとき、冷静な自分を取り戻すこと。そうすれば、なにか問題があったときに対処できますから。

ただ、そうは言っても簡単ではないですよね。「ダメ元でも上司に一度、不満を伝えてみよう」なんて、なかなかポジティブに思えない。冷静さを保ち、行動できる、いわゆる「メンタルが強い」と言われる人には、共通して「5つの習慣」が備わっていると感じます。

① 普段の生活に潤いを持つ

日ごろから、その人が楽しさややりがいを感じることを仕事や暮らしに取り入れることが大切です。それがあれば、自分らしさを保ち、なにか起きたときにあまり動じなくなる。それがないまま、やるべきことに振りまわされ続けると、どんどん「自分」が分からなくなっていきます。

よく、ゴールデンウィークや有給休暇などまとまった休みを取って、なにかあったらそこで一気に潤いを取り戻そう、という人が多いのですが、実は特に問題がなくても、日ごろから生活に潤いを持つことが大切。「潤いファースト」なんです。

潤いを持つためには、外に出て、体を動かすのもいいですね。日本うつ病学会は、「一日2時間くらい陽の光を浴びましょう」と言っています。さすがにそこまで時間がないなら、30分でもいいので外を散歩してみては?

今はコロナ禍で外出しづらいですが、人混みを避ければ外をブラブラするのはいいと思います。気分が良くなるし、日光を浴びてビタミンDが生成されて骨も強くなる。メンタルヘルス的には、「Stay home」ではなく「Stay hometown」がいいと思います。

② ネガティブになったらまず情報を集める

なにかストレスを感じたとき、「いつもの自分と違う」と早くに気づけるといいでしょう。落ち込んでいる、不安になっている、眠れなくなっている、食欲がなくなっている、仕事のミスが増えた、人と関わる時間が減ったーー。

それ自体は苦しいことですが、気づけたならそれが出発点です。人がモノごとをネガティブに捉えるときって「情報が少ないから」なんです。それは先ほど言ったように、人間は自分を守るためにネガティブに考える生き物だからです。

しかし、これはすでにみなさんできていることかもしれません。例えば、夜、住んでいるアパートの外でゴソッと物音がしたら、「すてきな人が来た!」とは考えないでしょう。まず「泥棒じゃないか」と身構える。そして焦り始める。

だけど、情報が集まってくると、だんだんと状況を冷静に眺められるようになります。カーテンを開けて、外の状況をたしかめる。本当にすてきな人ならドアを開ければいいし、泥棒だと思ったら警察に連絡しますね。人は情報が集まれば、適切な判断を下せるんです。

ネガティブな状態にありながら、どうやって情報を集めるか。そのときは「もしこれが親友や家族ならどうするだろう?」と、他の人の立場で考えるのも一つの手です。無意識のうちに自分がとらわれているモノの見方に気づき、そこから離れることができるからです。

また、「極端にいい状況と極端にわるい状況を考えてみる」のも有効です。「どうして自分は飲み会に誘われなかったんだろう……みんなが忙しい自分を気遣ってくれたから? それとも本当に嫌われているから? さすがにそんなことはないだろう」と、ほどほどの度合いが見えてきます。

「なんとなくうまくいかない。調子がよくない」とクヨクヨ悩んでしまうのは一番避けたいですね。どうしても考えすぎてしまうときは、①の「潤いを持つ」に戻りましょう。

③ 問題から逃げず、段階的に向き合う

精神科医と聞くと、患者さんに「寄り添う」姿を想像されやすいのですが、実はよく、患者さんにこう言うんです。「私はつらくないんです。つらいのはあなたなんですよ。それが続いてもいいなら、そのままでいいでしょう。それが嫌なら、行動するしかないんです」。

少し意地悪に聞こえるかもしれませんが、やっぱり、現実を変えられるのは自分だけなんです。例えば、周囲の人とうまくいかないときだって、「どうせ自分が悪い。なにをやってもダメだ」と逃げてしまうと、ますますうまくいかなくなります。

「段階的課題設定」と言うのですが、できることから少しずつやっていくことが大切です。だれかとの仲がこじれてしまったとして、まずは仲直りしたい相手に声をかけてみる、だとか。自分の殻に閉じこもらず、できること、可能性を増やしていくんです。

人はどうしても問題から逃げたくなってしまいますけど、それではずっと苦しみが続いてしまうし、まわりも離れていってしまう。なにを言っても「どうせ、どうせ」と言う人の相談なんて、乗りたくないでしょう。

お酒に逃げてしまう人もいますが、行きすぎると眠りは浅くなるし、アルコールの薬理作用で翌日さらに気分が下がってしまう。悪循環に入ってしまうんです。まずは、今の自分で頑張れる範囲を決められるといいでしょう。

④ 自分一人で頑張らないで、だれかに相談する

だれかに話をすることで、難しい局面が打開することは意外と多いですね。「思いきって上司に話したら話を聞いてもらえた。楽になった」だとか。雑談するだけでも状況は違ってくると思います。相談できる人がいないと孤立してしまうので、それだけは避けたいです。

⑤ 自分の目標を自分の中に持っておく

どんな大きさでもいいので、自分はこうしたい、こうなりたい、こうありたいという目標を持つことが大切です。自分にとって大事なモノが分かっていれば、多少のストレスを感じても、「今を乗り切れば大丈夫」と気持ちを切り替えられます。

自分の目標が分からない、どんな未来に向かえばいいか分からないという人は、「自分は以前なにを考えていたのか」と過去を思い出したり、友達とこれからの話をざっくばらんにしてみるのもいいかもしれません。②から⑤、いずれにしても難しいときは、①の「潤い」に立ち戻ることです。

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もし逆に、自分が会社の部下やメンバーの方など、他の人から相談を受けたとき、私が患者さんの話を聞くときに心がけているのは、「その人の工夫を聞くこと」です。

みなさん行き詰まっている中でも、かならずなにかしら工夫をしている。つらければつらいほど、いろいろ考えているはずで、それを①〜⑤の習慣に結びつけられるように、一緒に考えていけるといいんじゃないかと思います。

それを、上司や医師が「そのやり方はよくない。こうしないとダメだよ」と言ってしまうと、たとえセオリー的には正しくても、その人の中にあった心のサイクルを乱してしまうことになる。「私だったらこう思う、こうするけど、それを聞いてどう感じた?」と耳を傾けましょう。

<メンタルへルスを保つ5つの習慣>
①普段の生活に潤いを持つ
②ネガティブになったらまず情報を集める
③問題から逃げず、段階的に向き合う
④自分一人で頑張らないで、だれかに相談する
⑤自分の目標を自分の中に持っておく

精神科医/国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター認知行動療法センター顧問/一般社団法人 認知行動療法研修開発センター理事長 大野裕
認知行動療法の日本における第一人者で、国際的な学術団体Academy of Cognitive Therapyの設立フェローで公認スーパーバイザーであり、日本認知療法・認知行動療法学会理事長。日本ストレス学会理事長、日本ポジティブサイコロジー医学会理事長など、諸学会の要職を務める。

 

[取材・文] 水玉綾 [企画・編集] 岡徳之

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