退職金で起業し、そして失敗した方の話を聞いた

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今回は月間150万PVを超える「仕事・マネジメント」をテーマにした人気ブログ「Books&Apps」を運営する安達裕哉さんに、「起業の心構え」について寄稿していただきました。

PROFILE

ティネクト株式会社 代表取締役 安達裕哉
安達裕哉
ティネクト株式会社 代表取締役
1975年、東京都生まれ。Deloitteにて12年間コンサルティングに従事。大企業、中小企業あわせて1000社以上に訪問し、8000人以上のビジネスパーソンとともに仕事をする。現在はコンサルティング活動を行う傍らで、仕事、マネジメントに関するメディア『Books&Apps』を運営し、月間PV数は150万を超える

知人からコワーキングスペースを紹介してもらった。 小綺麗で駅からも近く、利用料もリーズナブルだ。これからもちょこちょこ利用させてもらおうかと思っている。

さて、この知人はこのコワーキングスペースの共同経営者の一人である。そこで私は不躾ながらも、「このコワーキングスペースの立ち上げ、どれくらいお金がかかったのですか?」と興味本位で聞いてみた。

すると彼は、「いえ、ほとんど初期費用はかかってないんです」という。

「ええ・・・ 何か悪いことでも・・・」

「そんなわけないじゃないですか(笑)、実は居抜き物件なんです」

「居抜き」とは日常生活ではあまり聞き慣れない言葉だが、簡単に言えば前の入居者が不動産の原状回復をせずに次の入居者に引き渡すことを言う。 原状回復にはお金がかかるので、前の入居者にとっても閉店の負担が少なくて済むし、次の入居者も設備や備品をそのまま利用できるというメリットがある。

「ということは、前に入っていた方も、コワーキングスペースを経営していたということ?」

「そうです」

「こんな贅沢な作りなのだから、さぞかしお金のあった人なんだろうね」

「いえ、実は・・・ 前の経営者の方、某大手有名メーカーを辞めて、その退職金でこのコワーキングスペースを始めたらしいです」

「脱サラでコワーキングスペースの経営・・・」

「そうです」

「初期投資だけで、数百万円かかるよね」

「だと思います。頑張っていたようなんですが、お客さんがまったく入らずに毎月100万円以上の赤字だったらしく、われわれに『助けてくれ』って来たんですよ」

「なるほど・・・」

「まあ、かなり経営をスリムにしても、まだ毎月50万くらい足が出てますけど。やっぱり本当に集客が難しいんですよ。コワーキングスペースなんてどこにでもありますし、多少のことでは差別化できないですからね」

「これからどうやって集客するんですか?」

「もう、一般のお客さんが飛び込みで入ってくるということには期待せず、知り合いの法人をあたって行こうかと。まあ、法人のお客さんならまとまったお金を持ってますし、人脈もありますから」

私はその話を聞き、前の経営者に思いを馳せた。なけなしの退職金を何百万円も使い、やっと立ち上げた理想のコワーキングスペース、夢を持って始めてみればまったくお客さんが入らず、毎月100万円以上の赤字・・・ 眠れぬ日が続いたのではないかと思う。

若手起業家の華々しい成功や、大学発ベンチャーが海外で高い評価を受けたりするニュースばかりを目にするが、現場はそれほど洗練されているわけではない。ほとんどの人は起業しても失敗する。「起業」は相も変わらず、ビジネスパーソンにとってハードルが高いものである。

ノーベル経済学賞を受賞した学者である、プリンストン大のダニエル・カーネマンは以下のように述べる。

「私は何度か機会を捉えて、革新的なスタートアップの創業者や共同出資者に次の質問をしたことがある。『この事業の結果は、あなたの尽力によるものだと思いますか?』。これは明らかに簡単な質問であり、皆すぐに答えてくれた。

標本サイズは小さいが、イエスが80%を下回ったことはない。自分の事業が海のものとも山のものとも分からなかった時点でさえ、この大胆な人たちは自社の運命はほぼ完全に自分の手で握っていると信じている。だがもちろん、彼らは間違っている。

スタートアップの運命は、創業者の努力と同じぐらい、競争相手の出来不出来や市場の変化に左右されるものだ。ところが彼らは、『自分の見たものがすべて』効果に冒され、自分が最もよく知っているもの、すなわち自分の計画や行動、差し迫った危険あるいはチャンス(資金調達の可能性など)しか見ようとしない」。

起業は本質的に「自分の能力やアイデア以外のこと」に左右され、個人の能力ではどうしようもないことがたくさんある。 夢破れたとて、それはその人が「無能だったから」というわけではないことも多い。

だが、客観的事実は「起業は運に左右される」と示しても、「起業したい」という人物は基本的に底抜けに楽観的で認知バイアスに冒されている。

私がつい先日、この話をある起業家にしたところ、「起業は運とか、そういうことは信じたくないです」と一蹴された。彼はとても優秀な人物であったが、こと「起業」に関しては人である以上、盲目となることからは逃れられない。

「起業家はアホだよ」と言うベンチャーキャピタルの方に数多くお会いしたが、まさにそのとおり、アホでなければできないのだ。

さて、そういう事情であるから、「起業」というものは成功がいつやってくるか、まったく分からない。だから、実は「ビジネスモデル」や「商材」を議論するよりも、「どう致命的な失敗を避け、チャレンジできる回数を増やすか」が重要な課題となる。

松下幸之助は、「失敗したところで止めてしまうから失敗なのだ」と言った。どんな人でも、致命的な失敗を避け、チャレンジを続けさえすれば、いつかは芽が出るものだ。

実際、最も成功している起業家たちですら、創業当時の目論見とまったく異なる商売をしているという方は極めて多い。「死なないこと、お金が尽きないことが重要」と、彼らは口をそろえて言う。

従って、もし脱サラして「起業」を考えるのであれば、以下の4つのことについて準備し、「致命的な失敗」を避けなくてはならない。

  1. 当面の安定した生活費を稼げる仕事を出してくれそうな人脈を作っておく
  2. 事務所家賃、従業員の給与などの固定費ができうる限り小さくできる商売を選ぶ
  3. 他社より高く売れる商売をする
  4. 売上で賄える程度の投資で少しずつ拡大する

「起業してみたい」「商売を興してみたい」「スタートアップに入ってみたい」というビジネスパーソンの方は多いかもしれない。

だが、起業はできうる限り、客観的に、悲観的になることで成功する。それだけは間違いない事実だ。

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