「未来食堂」が飲食業界で起こしたオープンイノベーション。その戦略を聞いてみた

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社内の資源のみに頼るのではなく、外部組織との連携を積極的に活用する「オープンイノベーション」。主にIT業界ではさまざまな試みがなされ、知見が集まっていることは皆さんもご存知の通り。そのノウハウをIT業界で培い、飲食業界に持ち込んでいる人がいます。

それが、東京・神保町に店を構える「未来食堂」の小林せかいさん。小林さんは、IBMやクックパッドでキャリアを積んだ元エンジニアです。未来食堂のホームページ上では「月次決算」や「事業計画書」などをグーグルのサービスを使って公開。さらには、「雇用もオープンにしている」と言います。

自分の中ではオープンにすることは当たり前なのに、なぜみんなはそうしないの?

そう語る小林さんに、ビジネスをオープンにすることで得られたメリットと秘訣についてお話を伺いました。

未来食堂 代表 小林せかい

PROFILE

未来食堂 代表 小林せかい
小林せかい
未来食堂 代表
大阪府出身、1984年生まれ。東京工業大学理学部数学科を卒業後、日本IBM、クックパッドにてシステムエンジニア­­として活躍。その後、1年4カ月ほど料理修行し、2015年9月、東京・神保町に「未来食堂」(千代田区一ツ橋2−6−2 日本教育会館地下一階)をオープン­­した

「真似」するひとは意外と現れない

ー1月の売上は121万円、原価は約26万円など月次決算、さらには利益計画、競争優位性などが記載された事業計画書・・・ 生々しい情報をWebサイトで公開されていますね。

はい。「今日私がインテリジェンスさんの取材を受けている」ことも、サイト上で誰でも知れる状態になっていますよ。これは公私混同で公開しているわけではなく、例えばこういった取材でも、他社さんの動きが見えているほうがスケジュールの段取りがスムーズですよね。より負担なく効率的に動くためにスケジュールを公開しています。

飲食店で修行を始めたとき、飲食業界で「一番何とかしないといけない」と思ったのは、不透明かつクローズドな商習慣でした。”秘伝のメニュー” と言えば聞こえはよいですが、本当に自信があるのなら公開しても魅力を保ち続けることができるはず。

自分の知識を隠すことで勝者となるーー。これが既存のビジネスの勝ち方の一つであることはわかります。ただ、もっと別の新しいあり方があるかなと。それは「オープンソース」という概念。これこそが、IT業界をここまで急速に発展せしめた根幹だと私は考えています。

ビジネスの変化するスピードという意味で飲食業界よりも少し先にいるIT業界の考え方を、このいわば “鎖国” された世界に持ち込もうと決めたのです。

ーしかし、他の飲食店も見られる場所で事業計画書などを公開するというのはリスキーではありませんか?

おそらく、オープンにすることに「ひるみ」を感じている人は、いろんな人に見られて、それをコピーされるのが怖いのだと思います。

未来食堂に置き換えてみれば、多くのお客さまに好評の「あつらえ」(壁に貼られている食材リストから好きなものを選んで小鉢を作ってもらう仕組み)を、もし近所のほかのお店により安い値段で真似されたらどうするのか、と。

「あつらえ」の仕組み(未来食堂のWebサイトより)
「あつらえ」の仕組み(未来食堂のWebサイトより)

ただ、やってみたからこそ確信をもって言えるのは、「真似するひとはなかなかいない」ということです。「参考にさせてもらっています」とお礼の連絡をいただくことはありますが、実際に真似てやってみたお店を、私は見たことがないです。

もちろん真似されたとしても、未来食堂にはきちんと未来食堂自身の価値があります。それこそが根幹であり真似できない部分。そういった部分が存在していると思っているからこそ、公開に踏み切れるんだと思います。

逆に、オープンにすることによる「メリット」は日々感じています。きっとオープンにしていなかったら得られていなかったような。

ビジネスをオープンにする「2つのメリット」

ーオープンにしたことで得られたメリットは何でしょうか?

オープンにすることそのもののメリットメタ的なメリットの二つがあります。

まず、後者のメタ的なメリットは、例えば今日のように取材を受けることですね。いろんなメディアから取材の依頼をいただきますが、これをもし「広告費を払うので取材してください」とやっていたら、とてもじゃないけどそんなお金は払えません。

ただ、このメタ的なメリットはあくまで副次的なものにすぎません。もし他の100の飲食店がすでに戦略などをオープンにしていて、未来食堂が101社目だったとしてもオープンにしていたと思います。取材してもらう云々が目的ではないのですから。

それは、前者のオープンにすることそのもののメリットがあるからです。本当は、「事業計画書をオープンにすることで、飲食店の先輩経営者から有益なアドバイスをもらえた」とかだと分かりやすいのですが、今のところそういうことはありません。

しかし、経営に関する情報以上に、「雇用」をオープンにしたことのメリットがとても大きいと感じています。

ー「雇用」のオープン化と言いますと?

未来食堂には、お店を50分手伝うと一食分無料で食べられる「まかない」という仕組みがあります。飲食業界での職務経験など一切の条件なく、誰でもお店に来て、手伝って、食事して帰ることができます。

例えば、博多発の有名なラーメンチェーンのロンドン支店社員の方が、福岡から東京出張のついでに未来食堂を訪れてはたらきに来てくれたり、イタリア料理のオーナーシェフの方が夜の掃除を手伝ってくれたり・・・。

普通であれば、おいそれとは話を聞けない間柄のしかもプロフェッショナルな人に、技術的なノウハウを聞けるのが、雇用をオープンにすることのメリットの一つです。ただ、まかないの制度には本当に条件を設けていないので、業界未経験の人も来たりします。でも、お互いさまだと思っています。学び、学ばれで、人は成長すると考えているので。

ーお店のピークタイムに未経験の人がいたら、正直大変ではないですか?

大変なときはありますよ。「お味噌汁はかき混ぜてついでね」と言ったら、味噌汁のオーダーが通っていないときでもずっとかき混ぜている人とか、お釣りを間違って多く渡してしまう人とか。それでもオープンにする意味を感じているんですよね。そういった事例に気づくことでマニュアルも修正でき、結果、仕組みが向上していくので。

先週は複数人のまかないさんが夜の掃除を手伝ってくれていました。私はどうしても床の汚れが気になってしまうタイプなのですが(笑)、ある人はコンロの汚れが気になるタイプで、またある人は壁が気になるタイプ。

すると、いろんな人の目がお店中に入ることでどんどんきれいになっていくのです。掃除のノウハウも一人でやっているよりもずっと早く積み上がります。つまり、いろんな人が経験を出し合うことで店がより良くなっていくのです

店を撮影で訪れた日も「まかないさん」がはたらいていました
店を撮影で訪れた日も「まかないさん」がはたらいていました

オープンにする上で必要な「覚悟」

ー誰かを見て「もっとオープンにしたらいいのに」と思うことはありますか?

思うことはありますが、人に積極的にお薦めすることはありません。オープンにすることで背負うものも生まれることを自覚しているので。

私の場合は、中高生のときは髪を青色に染めていたし、目立つ服を着ていたし、それで学校に通っていたので電車でも変な目で見られて・・・ といった毎日を過ごしていました。違うことや目立つことをすればエネルギーを消耗するのだと、痛切に感じていました。

そういった経験から、”目立つこと” に対する基礎体力が積み上がっているので、今の状況に私は耐えられます。しかし、基礎体力のない方にはしんどいと思います。ですから、結果目立つことになるあらゆる行動をお薦めする気持ちはまったくありません。

オープンにすると、それが善意であっても悪意であっても、「人のエネルギー」が自分に向かってきます。「すごい」と人から言われるのだって人のエネルギーを間近に引き受ける行為なので、嬉しい一方で、決して楽ではないです。

また、大多数がすでにオープンに傾いているところで追従して自分もオープンにすることは害も益もないのでお薦めできるのですが、誰もやっていないところでオープンにしたいのであれば、そうしたエネルギーに耐えられるだけの体力と、先駆者としての覚悟が必要だと思います。

 

ー何かをオープンにする際に気をつけていること、基準のようなものはありますか?

気をつけているのは、きちんと練ったものを公開するということです。

「まかない」でお手伝いをした誰かが、自分が食べる代わりに他の人に一食分をゆずる「ただめし」を思いついたときは、その仕組みの名称を図書館で何冊も辞書を引いて練りました。基本的に公表しているすべてのシステムは、何度も何日も国語辞典を引いて名前を付けたものです。

「思いつきでこういうのをやってみようと思って」くらいのアイデアからは、人から人へと伝播されるようなエネルギーは生まれないですね。それではオープンにする意味がありません。

考えを練るにあたって人の知恵を借りることもあります。私の場合は、カウンターにいるお客さまに「こういうアイデアがあるんですけど」と話してみて、「店内に一食無料券を貼っていてもみんなの前でははがしにくくない?」という意見をもらって、「じゃあ見えにくいところに置こう」とか、そういう練り方をしています。

未来食堂のただめし券

ーオープンにした「後」、気をつけるべきことはありますか?

例えば、あるお客さまの「タンドリーチキンを出してみたら?」というアイデアを採用してタンドリーチキン定食を出した結果、評判がよくなくてお客さまが減ったとします。それでも、タンドリーチキンをお薦めしてくれた人のせいにはしないことです。

つまり、オープンにしたすべての結果を引き受けるのは自分であるということ。トライ・アンド・「エラー」に対する覚悟も必要ですね。

ビジネスをオープンにすることの難しさと私が上手く付き合えているのだとしたら、それは、自分と似たような思いをもつ、「隠れキリシタン」を見つけたいという思いが根底に強くあるからですね。

「自分も誰かとオープンにはたらきたいと思っていた」「アイデアを交換し合えるような仲間が欲しかった」「でも行動に移す勇気はない」。そういう人が私の存在を知ることで、「自分にもできるかも」と勇気づけられるかもしれない。そんなまだ表には出て来ていない人の道しるべになりたいと思っているんです。

私がうまく立ち振る舞うことで、もしも誰かが勇気づけられているのだとしたら、少々のことではへこたれていられないですよね。今後は、飲食業界向けの勉強会やメニュー開発会など、リアルな場でもオープンな取り組みをしていきたいと考えています。

未来食堂 代表 小林せかい

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[取材・文] 狩野哲也、岡徳之

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