“教育界のノーベル賞”に選出、立命館小学校の正頭 英和さんに聞く「これからの学び」で大切なこと
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京都にある立命館小学校では、日本ではめずらしく、ゲームの『マインクラフト』を活用したPBL(Problem Based Learning:問題解決型学習)が行われています。
そのカリキュラムを主導したのは、英語科で英語教諭を務める正頭英和さん。その取り組みは世界的に評価され、教育界のノーベル賞と言われる「Global Teacher Prize 2019(グローバル・ティーチャー賞)」のトップ10に唯一の日本人教員として選ばれました。
そんな正頭さんに実際の取り組みや、世界の最前線で触れたグローバル教育、そして「これからの教育」のあり方や「大人の学び」について伺いました。
PROFILE
- 正頭英和
立命館小学校 英語科 教諭 / ICT教育部長 - 1983年大阪府生まれ。関西外国語大学外国語学部卒業。関西大学大学院修了(外国語教育学修士)。京都市公立中学校、立命館中学校高等学校を経て現職。全国で学級づくりや授業方法のワークショップなどを行っている。2019年、世界約150か国・約3万人の中から「Global Teacher Prize 2019(グローバル・ティーチャー賞)」トップ10に選出。
『マインクラフト』で進める「問題解決型学習」
―立命館小学校ではどんな英語教育が行われているのでしょうか。
立命館には日本人とネイティブスピーカーの専科の先生がいて、チームティーチングを行っています。小学1年生から週2回~週4回の授業がカリキュラムとして含まれ、それらはすべて英語で行われています。
「多様なインプットを与えていく」という方針で、小学校から高校までの12年間で英語の習熟を目指しており、小学校では読めたね、聞こえるね、というところまで。小学校の6年間で英検3級、準2級レベルを目指すようなイメージです。
本格的なスピーキングやライティングスキルは中学校からですが、おかげさまで、当校の英語教育は評価されていて、帰国子女やインターナショナル・プリスクール(幼稚園)出身の子も増えてきました。
―2020年度から新学習指導要領が施行され、小学校における英語教育が全国的により強化されていくようですが、貴校のカリキュラムの特色は?
これは英語科目に限らないことですが、基本としてPBL(Problem Based Learning:問題解決型学習)をメインとしたカリキュラムを行っています。
これまでの学校教育は社会の実情と乖離しているところも多かった。座学で先生の話を聞いて、問題を解く・・・。でも社会に出てひたすら「問題集を解く」なんてことはありませんよね。
ですから「答えのない問題へいかに取り組むか」といった視点で学習する方法が、他の学校でも少しずつ広がってきました。ただ、この方法は「国語はこの問題を」「算数はこれを」と縦割り教科でやっていくのに限界があります。
そんなとき、「『マインクラフト』のエデュケーション版が出たので、授業で使ってみませんか」とマイクロソフトの方に提案していただきました。立命館はICTに力を入れていて、マイクロソフトのShowcase Schoolに認定されている日本で唯一の学校なんです。
マインクラフトは、サバイバル生活を楽しんだり、自由にブロックを配置し建築などを楽しむことができるコンピュータゲーム。2018年初頭の時点で、すべてのプラットフォームでの販売が累計1億4400万本を突破した。
僕は当校のICT教育部長も務めていて、ICTをいかに実践していくのかを検討する立場にいるのですが、実は『マインクラフト』をよく知らなかったんです。でも、「デジタル版のレゴブロック」みたいなもので、遊びながら学びにつなげられるような気がしました。それでマインクラフトを活用してPBL授業を行うことにしたのです。
―『マインクラフト』といえばYouTubeでゲーム実況動画がたくさん投稿されていますし、小学生にも人気のゲームです。さぞ子どもたちは喜んだのでは?
そうなんです。大人たちが考えていた以上の反応というか、子どもたちの3分の2がすでにマインクラフトをやっていました。僕はというと、夏休み返上で頑張って覚えようと思ったんですけど・・・完全に素人。これはもう、ムリだな、と。僕が教えるのではなく、子どもたち同士で教え合ってもらうことにしました。
―先生なのに「教えることができない」・・・葛藤はありませんでしたか?
それは特にありませんでした。子供たちも僕に聞いてもどうせ分からないからと、自分たちでどんどん「こうなんちゃう?」「あ、そうやな」と進めていくんです。とても楽しそうに取り組んでいますよ。
授業にもさまざまな方法はあると思いますが、人と人との間に知識量の差があって、知識のある人がない人へ伝播することを「授業」とするなら、英語に関してはこれまで通り「先生→児童」でも、ゲームに関しては「児童↔︎児童」でもいいじゃん、と。そのほうが先生もラクじゃないですか。
―授業は具体的にどのように進めていくのですか。
まずは設計図を見せて、「これを作ってごらん」と。指示はそれだけです。4人1組で取り組んでいくのですが、各々勝手に作り始めます。
けれども適当に「〇〇くんは北側から作って、〇〇さんは南側から作って・・・」と、ざっくり指示していると、建物がガタガタになってしまう。座標軸があるので、数値をもとに明確に指示しなければいけないんです。だから抽象的なやり取りが少なくなって、具体的なものになってくるんですよ。
―そのやり取りはすべて英語なのですか。
英語の授業内ではそうしています。ただ、先ほどお話ししたように、これがPBLの「縦割り教科では通じない」という部分なのですが、マインクラフトは英語であり、国語や社会、図工でもあるんです。
まずは「金閣を建てよう」と目標を設定すると、「なぜ金色なのか」「誰が作ったのかという疑問が出てくる。それを調べて学ぶのは社会の授業です。で、何のために作ろうか、と投げかけると、「まだ京都へ来たことのない海外観光客向けに作ろう」という目的を自分たちで決めます。
実際に作るためには設計図が必要ですから、それは図工の知識を活用する。実際に建造物を作るのはプログラミングの授業です。そして、「観光ガイド役のロボットがいるといいよね」ということで、それもプログラミングする。それで実際にどんなことを案内しようかと考えると、「神社ではなぜ手を洗うのか」「なぜ二礼二拍手一礼なのか」という疑問が出てくる。それをまた社会の授業で調べて・・・といった形で、それぞれの教科の先生とも協力しながら進めていきます。
それと、もう一つユニークなのは、マインクラフトのデータを、海外の子どもたちに試してもらうんです。Facebookには教育向けのマインクラフトのグループがあるのですが、そこで試してもらう人を募りました。
彼らはかなり単刀直入というか、「ここが分からない」「動かない」と英語でズバズバ言うので、結構傷つくんですけど、子どもたちとしても1年近くかけて魂込めて作り上げたものですからね。頑張って辞書を引いてメッセージを翻訳して、指摘された箇所を修正する。そしてもう一度送り直すんだけど、また「これは何?」「どういうこと?」と質問が来る。大人の僕らでもめげそうですけどね(笑)。それでもまた修正して・・・そうやって英語を学んでいくんです。
―大人顔負けの・・・というか、「プロトタイプを制作して、コードレビューして、バグが見つかったら修正して、実装していく」ようなソフトウェア開発のプロセスとほぼ同じですね。
日本の教育は世界水準、なのにICT活用では世界に遅れ
―そんな正頭さんの取り組みが世界的に評価されたのだとか。
イギリスのバーキー財団が主催する「Global Teacher Prize 2019(グローバル・ティーチャー賞)」で、3万人のエントリーからファイナリストとなるトップ10に選出していただきました。しかもアジア人としては僕が唯一。まさか、という感じでした。
グローバル・ティーチャー賞は、ドバイで開催された教育イベント「The Global Education and Skills Forum」で最終プレゼンテーションを行うということで、ファイナリストはそこへ招待されました。
世界各国から文化・教育担当大臣が一堂に会し、1万人規模で参加者が集まるなか、僕らファイナリストは「VIP扱い」。つねにSPがついてくれていて、歩いているとサインを求められたり、報道陣がついてまわったりするんですけど、「ちょっと失礼」とSPが取り仕切る、みたいな。「出待ち」の方も30人くらいいましたからね。なんかもう「スーパースター」になった気分で、あまりのギャップに驚きました。
―今回、世界中の優れた先生方が集まってそれぞれの教育方法を共有したなかで、印象に残っているものはありますか。
最初に感じたのは、「日本の教育は全然負けていない」ということ。めちゃくちゃレベルが高いと思います。
他のファイナリストの模擬授業にも参加しましたが、日本ならどこの小学校でもやっているよ、と思えるものばかりでした。例えば、「子どもたち同士の教え合い」やグループワークも、周りの参加者は「こんなやり方があるのか」と感銘を受けているようでした。けれども僕から見ると、あまりシステム化されていないというか、もっと改善の余地はあるように感じました。日本で当たり前のように行われている教育手法をもっと伝えることができれば、もっと世界をリードしていけるのではないかと思えたのです。
そしてもう一つは、残念ながら教育現場におけるICT活用は、日本は世界と比べるとかなり遅れていると言ってもいいのではないか、ということ。
アフリカに「発展途上国」というイメージを持っている方は多いかもしれませんが、ケニアでは当たり前のように「スマートフォンをいかに学習で活用するか」という視点でカリキュラムが考えられ、実践されていました。けれども日本ではご存知の通り、「スマホの持ち込みを許可する/許可しない」で議論されていて、おそらく「許可しない」と意思決定されている小学校がほとんどでしょう。
いま、そんなことを議論している国は他にないんですよ。僕が「日本ではほとんどの学校でスマホの使用が認められていないんだ」と言うと、ほかの国の先生は「なぜ?」「日本なのに?」と驚かれる。正直、情けなくなってしまいました。
―日本では先生にも保護者にも、子どもに小さいうちからコンピュータを使わせることに対して拒否反応があるかもしれませんね。
ある意味、日本の教育水準が高い分、無理に変わる必要はないと感じているのかもしれません。
実際、2015年の「OECD生徒の学習到達度調査(PISA)」の結果では、「科学的リテラシー」がシンガポールに続いて2位、「数学的リテラシー」が5位、「読解力」が8位でした。読解力が低いように思われるかもしれませんが、上位はシンガポール、香港、カナダです。日本のように1億人強の規模でこれほどの水準を保てていること自体、すばらしいことだと思います。
けれども2020年度から大学センター試験が「大学入学共通テスト」に変更され、英語ではリーディング、ライティングに加えてリスニング、スピーキングも評価されるようになります。小学校もその変革の波と無縁ではなく、変わっていかなければならないんです。
遊びと勉強はボーダーレスに。大人も今こそ「辞める勇気」を
―正頭さんは教育がどういった方向へ変わっていくべきだとお考えでしょうか。
僕らは子どものころ、「メリハリ」とよく言われましたよね。「遊びと勉強、メリハリをつけて切り替えて、どちらも一生懸命やりなさい」と。
でもマインクラフトに取り組む子どもたちを見ていると、これからは遊びと勉強の境界が曖昧になって、ボーダーレスになっていくのではないかと思います。それぞれを定義することが、無意味になっていくだろうな、と。
前提として、「好きなことを追求する」というのがあって、それが誰かの役に立つ形にできるのであれば「学び」となり、自分だけの世界に完結していれば「遊び」となる。アウトプットがどんな形になるかの違いだけなのではないかと思うんです。
―それは子どもに限らず、大人の世界にも同じことが言えるかもしれませんね。誰かの役に立つことならば、「仕事」になる。
そうです。ですから、大人も「その仕事が好きか」ということを考えておく必要はあるのだと思います。仕事に限らず、学びにしても、「英語を話せるようになると、ビジネスに有利」とか、そういった動機ではなかなか続かないものですよね。人生単位で考えたとき、何かスキルを身につけるとしたら、やはり「好きだから」という理由が大きいのだと思います。
だから、もっと学びのハードルを低くしてもいいのかな、と。ヨガやジム通いが続く人は、「かっこよくなりたい」「健康になりたい」くらいの動機だろうし、仕事に直結するしないは別として、「好きなことを増やしていくこと」は人生を豊かにすると思うんです。
あるいは、教育現場では「イチロー選手の卒業文集」が有名なのですが、小学6年生のときに「僕の夢は一流のプロ野球選手になることです」と書かれているもの。
それだけ自分の夢を大切にして、努力を重ねてきたんだよ、と指導につなげる人も多いのですが、よくよく考えれば「将来の夢はプロ野球選手」と書く小学6年生なんていまも昔もたくさんいるわけです。たまたまそのうち一人がイチロー選手になっただけであって、美談で済ませるのは良くない。無理をしてケガする子もいるかもしれないし、「頑張りが足りない」と体罰につながることもある。
そこで大切なのは、「辞める勇気」だと思うのです。辞める勇気がないから始める勇気も湧かないし、環境を変えることもできない。何かを辞めることでまた新しいことを始められるし、そこで自分が何を好きなのか、気づくこともできるんです。
2012年の「OECD国際成人力調査(PIAAC)」によると、30歳以上の成人で通学している人の割合で、日本はOECD加盟国で最下位だったといいます。一方で文科省の2008年の調査によると、平日に塾や習い事をしている子どもが7割以上、休日でも4割の子どもが塾や習い事に行っている。
ある意味、日本の大人たちは「子どもに夢を託す」というか、自分のやれていないことを子どもにやらせているのでしょう。でも彼らが大人になったとき、果たして習い事をしているでしょうか。
ですからまずは、大人が「辞める勇気」を持って学び始めること。きっとそういう大人の姿を見て、子どもは育つのではないでしょうか。
[取材・文] 大矢幸世 [企画・編集] 岡徳之 [撮影] 八月朔日仁美
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