現代の優れたマネジャーは「教えるのが上手い」のではなく「部下と共に学べる」
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メンバーや部下の育成に悩んでいる方へ。スポーツ、特に団体競技のコーチング理論は、世界は違えどビジネスにも応用できる側面が大いにあります。優れたコーチの資質を知ることは、ビジネスにおいて優れた上司・マネジャー像を探る手がかりとなるはずです。
今回は、過去に早稲田大学ラグビー蹴球部監督として2年連続の全国優勝を果たし、ラグビーU20日本代表ヘッドコーチを務め、現在は日本ラグビーフットボール協会のコーチングディレクター、つまり「コーチのコーチ」を務める中竹竜二さんをインタビュー。現在はスポーツ界だけに留まらず、ビジネスの世界においても人材育成を行う株式会社チームボックスの代表取締役を務めています。
中竹さんに「優れたコーチ像」について尋ねたところ、返ってきたのは、「コーチは必ずしも勝つための正解を持っているわけではない」という意外な答えでした。果たしてその言葉の真意とはーー?
コーチング界の最新の知見を踏まえた、会社での組織運営にも活かせる人材育成術について、上場企業をはじめとする組織のリーダートレーニングにも従事する立場から語っていただきました。
PROFILE
- 中竹竜二
株式会社チームボックス 代表取締役/公共財団法人日本ラグビーフットボール協会 コーチングディレクター - 1973年生まれ。早稲田大学人間科学部在学中、ラグビー蹴球部選手として全国大学選手権で準優勝。英レスター大学大学院を修了後、三菱総合研究所に入社。組織戦略に携わる。2006年、清宮克幸氏の後任として早稲田大学ラグビー蹴球部監督に就任。“日本一オーラのない監督” と言われるが、翌2007年度より2年連続で全国優勝。2010年、日本ラグビーフットボール協会初代コーチングディレクターに就任し、全国のコーチ育成に力を注ぐ。2012〜2014年にはU20日本代表ヘッドコーチも務める。企業のグローバルリーダー育成を独自のメソッドとして提供する株式会社チームボックスを設立。一部上場企業をはじめとする組織のリーダートレーニングを提供している。また2018年、コーチの学びの場を創出し促進するための団体、スポーツコーチングJapanを設立、代表理事を務める。
五輪メダルコーチに共通する「知らない」と言える資質
―一般的に「良いコーチ」というと、「勝利するために必要なスキルを選手たちに教えるのが上手い人」というイメージがあります。
実は、「勝利するために必要なスキルを分かっているコーチ」というのが、果たして今でも成立するのか・・・これは難しいところなんです。
というのも、以前なら、「正当な戦い方をすれば勝てる」「走力を上げて、強気で攻めれば勝てる」というのがスポーツでのセオリーだったんでしょうが、それでは勝てなくなってきました。
それと、そもそも「勝つこと」についても、最近の良いコーチは、意外にも「勝利」を選手たちに対して強調しません。勝負事というのは相手あってのものであり、勝利できるかどうかは自らがコントロールできないからです。
コントロールできないものにフォーカスするのは難しいので、今の自分にフォーカスするしかない。「ベストを尽くせ」なんてもう使い古された言葉もいいところですけど、実際そうなんですよ。
ですから、「絶対に勝て!」と言って悦に入っているようなコーチはダメ。スポーツで勝利を目指すなんて当然のこと。「勝てよ」は、ただ「死ぬなよ」としか言っていないようなものなんです。
―それでは、現代の「良いコーチ」とはどのようなコーチなのでしょうか。
「これが正解」と決められた戦い方がない、かといって「勝て!」という根性論も意味を成さないなら、コーチや監督だけでなく、選手も含めて、チームみんなで勝つ可能性を探求しなければなりません。
立場の異なる人たちがそれぞれの価値観や経験を持ち寄る、コレクティブ・ジーニアスに基づいた環境をつくることが、成果を上げる手がかりになります。これは、現代のビジネスにおいても同じことが言えるでしょう。
かつてはある程度「いいもの」に対する人びとの価値観が一致していて、いいものを効率的に大量生産すれば、ビジネス的に成功することができた。その仕組みさえつくってしまえば、継続的に成果を出すことができたわけです。
けれども、今の時代、つまり、「VUCAワールド(予測不能で不確かな世界)」で成果を出し続けるには、上司や部下といった従属的な関係にとらわれず、チーム全員が学び、アップデートした価値観を持ち寄って、常に答えを探っていかなければなりません。
―しかし、コーチ、あるいは会社の上司としては、「自分が正解を知らないこと」を受け入れることに対して、「マズイ」と感じるのではないでしょうか。
そうでしょう。組織で人の上に立つ者には過去の成功体験と、成果を上げてきたという自負がある。目下の人に何かを「教える」ことには長けているかもしれないけど、彼らと「共に学ぶ」ことにおいてはまったくのビギナーですから。
しかし、チーム全員で答えを探っていく必要があるのは歴然とした事実なんですよ。すでに若手のエンジニアのほうが上司より新しい技術に詳しい、といったことはいろんな会社で起こっています。現実に目を背けて、体裁だけ上司でいることのほうが、よほどつらいのではないでしょうか。
現に、五輪でメダルを獲った選手のコーチに共通する資質について、アカデミックな研究からいくつかのことが分かっているのですが、そのひとつに「I don’t know, I can’t do it.」と言える謙虚な姿勢を持っている、というのが挙げられているんですよ。
「学ぶ上司」が部下を動かし、相乗効果で “奇跡” を生み出す
―中竹さんの身近にそのような人はいますか。
はい、
当然、そこに集まっている時点でみんなコーチングのスキルが高い。ですが、私は彼らに対して、「スキルではなく、アティテュード(姿勢)で決めます」と話しました。つまり、コーチングのスキルや戦略論、実績があるかどうかではなく、「アンラーン(Unlearn)」できて、自分をさらけ出して成長できるかどうかで判断することにしたのです。
そしてコーチたちにトレーニングに関するあるテーマを設定し、
その人がそのテーマでトレーニングを始めたのですが、
まわりの人たちも「あの人が・・・」
―なるほど。その人選はその後、奏功しましたか。
はい、彼が率いたチームは、結果的にはじめてU19のスコットランド代表を下しました。体格も違いますし、まさに「奇跡」でしたよね。リーダーが学ぶ姿勢を見せることが、チームの成果につながることをまざまざと見せられた出来事でした。
人間には「見て学ぶ」という能力が備わっています。上司が他人から学ぶ人だったら、それを見た部下も同じように学ぼうとするし、相乗効果でチーム全体として成長します。
これがもし、会社の上司が、部下に対して「自分で考えろ」「主体的に動け」と言っていたとしても、自分が役員や社長にへこへこするだけだったら、部下も上司の言うことを聞きたくないじゃないですか。
リーダーにとって大切なのは「知らない」とさらけ出せる勇気と学ぶ姿勢だと思いますね。人はいくつになっても変われるということも、その彼が教えてくれたことです。
「痛み」を感じるのは、あなたが成長しているから
―「知らない」とさらけ出せる勇気と学ぶ姿勢、どうすれば身につけられるでしょうか。
「知らない」ということをさらけ出せるようになるには、自分の中で心理的に安全な環境をつくることです。
私が企業のリーダートレーニングで伝えているのは、「さらけ出せるようになると人生は変わる」「世界で勝ち続ける人はみんなそれができている」「『分からない』と言えることはむしろ喜びなんだ」ということ。それを愛を持って根気強く伝え続け、彼らの恐怖心を取り払うように心がけています。
リーダーや上司たちはきっと、「そんなことも知らないんですか?」と部下に思われるのが怖いんでしょうけど、本当は部下からの信頼を失いたくないんですよね。
だけど、「聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥」と言うように、「ここが分からないんだけど、教えてくれない?」と言うことで信頼が壊れることなんてありません。むしろ「学ぼう」という姿勢がメンバーたちに伝わるじゃないですか。
それに誰だって、心理的安全な環境があったほうがいいと、内心では思っているんじゃないでしょうか。先日話題になった日大のアメフト問題があれほど大きな関心を集めたのだって、「コーチや上司、上に立つ者が絶対」という従来のチームの意思決定や組織構造には問題があると、多くの人が危機感を持っていたからなんだと思います。
上司が変われば、部下のほうも接し方が変わると思いますよ。簡単なことではないでしょうが、やるしかないと思います。
それと、最後に、成果を上げることを良しとするのではなく、学ぶことを評価するような価値観を醸成することですね。
「学ぶ」というと、つい一方的な座学をイメージしてしまいがちだけれど、学ぶ=成長するということ。どうしても、「痛み」が伴うんです。若手が難なくこなしていることができなかったり、思いがけず初歩的なことでつまずいてしまったり・・・痛いはずです。
でも、それって「ああ、成長してますね」ということですから、なんら恐れる必要はありませんよ。
[取材・文] 大矢幸世、岡徳之 [撮影] 伊藤圭
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