部下の悩みや不満を聞くのがしんどい上司たちへ。メンタル不調の予防と対策、産業医・井上智介さんに聞く

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最近は組織開発の手段として、上司と部下の一対一の面談「1on1」が浸透するなど、上司は部下と向き合う役割が求められるようになりました。部下へのケアが手厚くなる一方、「上司」の精神的な負担が増えています。部下想いの上司ほど、気づけばメンタル不調に陥ってしまうこともあるようです。

そこで今回は、数々の企業で起きているメンタルヘルスにまつわる問題の相談に乗ってきた産業医・精神科医であり、『1万人超を救ったメンタル産業医の職場の「しんどい」がスーッと消え去る大全』の著者でもある井上智介さんに、上司側のメンタル不調の予防と対策を聞きました。

自分に負担をかけすぎず、部下と向き合う方法とは? メンタル不調を早期発見、早期回復するためにできることは? そして、「感情労働」といわれる上司の在り方そのものをどう見直すと良いのかを語っていただきました。

PROFILE

井上智介 産業医・精神科医
井上智介
産業医・精神科医
島根大学医学部を卒業後、さまざまな病院で内科・外科・救急科・皮膚科など、多岐の分野にわたるプライマリケアを学び、2年間の臨床研修を修了。その後は、産業医・精神科医・健診医の3つの役割を中心に活動している。産業医として毎月約30社を訪問。精神科医・健診医としての経験も活かし、健康障害や労災を未然に防ぐべく活動している。また、精神科医として大阪府内のクリニックにも勤務。産業医の敷居を下げるべく、金髪アフロで活動中。Twitter: @tatakau_sangyoi

メンタル疾患を抱えている「上司」は多い

昨今、職場でのメンタルヘルスに注目が集まっていますね。

時代的な背景として、人間が処理しないといけない情報量が増え、脳への負担が大きくなったことが理由の1つだと思います。

インターネットやAIの発達により、我々は大容量の情報を短時間にやりとりできるようになりました。しかし、人間の情報処理の力は、昔とそれほど変わっていません。増え続ける情報に対応しようと脳が慢性的な疲労状態になっているんです。

また、もう1つの理由として、特に日本経済において、個人の頑張りが生活水準の向上に反映されづらくなっていることも挙げられます。仕事のモチベーションが湧きづらく、それでも無理して働こうとして精神的な負荷が増えているのでしょう。

経済的な理由から、起業や副業を始める人も一定数います。すばらしい選択ですが、処理しないといけない情報量が、さらに増えているともいえる。なんとも難しい問題ですね。

井上さんのもとには、そうしたメンタルヘルスに関するさまざまな相談が寄せられると思います。そのなかに、上司側の立場にいる人からの相談もありますか?

数で比較すると、上司よりも部下側からの相談が多いです。いまの20〜30代は多様性を重視している方が増えているため、精神面の話題を話すことに抵抗がなく、メンタル疾患の相談のハードルが下がっているのでしょう。

しかし、だからといって、上司側のメンタルヘルスに問題がないとは思えません。

30〜40代のビジネスパーソンには、「弱音を吐いちゃいけない」という価値観を持っている方も多い。相談に来られた時には、すでに大きな問題になっているケースが往々にしてあります。メンタル不調を抱えている上司の数は、可視化されているよりも多いと見るべきです。

上司のメンタル不調は見過ごされがちだ、と。

そうですね。でも僕は、会社にとって「上司のメンタルヘルス」は大事なテーマだと思っています。なぜなら、基本的に会社の文化はトップダウンで形成されるからです。

上司が自分のメンタル不調を隠したり、我慢したりすると、部下も同じような振る舞いをするようになります。理想は「メンタルの話題をオープンに話せる」文化があり、早めに相談したり、支援したりできること。そうした組織を作るためにも、上司側のメンタルヘルスについて考えることは重要です。

部下に期待しすぎない。部下の悩みを奪わない。

今回のテーマの重要さをあらためて感じました。ここから具体的に上司のメンタル不調の実態について伺いたいと思います。井上さんのもとには、どんな悩みが多く集まっていますか?

よく聞くのは、「部下の悩みや不満を聞かなきゃいけないのがしんどい」という悩みです。最近は仕事に関することに限らず、個人的な相談をされる機会が増えているといいます。

例えば、「親が病気で家計を支えているのが不安だ」「人生のキャリアプランに迷っている」というような、答えづらい悩みも多いようです。そうした問題の解決方法は人それぞれなので、話を聞くのに時間がかかるし、毎回ベストな回答はできません。それなのに、「愚痴を言うのは仕事以外にして」などぶっきらぼうに扱えば、パワハラと言われかねない現状もあります。

個人的な悩みを聞いてくれる上司が求められているけれど、上司側にとって負担が大きくなっている、と。

その通りです。上司にはいま、仕事上の関係を超えて、「1人の人間として、部下(の心)を満たすこと」が求められています。でも、さすがに負担が大きいですよね。

僕はそうした相談に対して、2つのアドバイスをするようにしています。1つは「部下との境界線を引く」ことです。

境界線を引くとは、個人的な悩みに対して、「ここまでは相談に乗れるけど、ここからは相談に乗れない」とはっきり示すことをいいます。一見、冷たく聞こえるかもしれませんが、相談に乗れない悩みを無視しろと言っているわけではありません。

例えば、体調面のことなら産業医を紹介したり、福祉的なことなら役所に行くことを勧めたりする。解決できる人や機関と適切につなぐ選択肢を持ってほしいということです。

アドバイスの2つ目は、「部下の悩みを奪わない」ことです。

部下も、すべての悩みを上司に解決してほしいと期待しているわけではありません。そもそも、相談しただけで気持ちが晴れることもあります。でもなぜか、相談を受ける側になると、ベストな答えを出さないといけないと思い込んでしまうんです。

意識してほしいのは、自分と相手の間に悩みを置くこと。

片方が悩むのではなく、2人で対応方法を探すんです。具体的には、相談をされたことにすぐ答えるのではなく、「君の考えを教えてほしい」と質問するといいでしょう。上司側がなにかを言うのは、部下の答えがあまりにも的外れだった場合で十分。

あくまでも部下の悩みは部下のもの。自分で解決できるように促すのが、お互いにとって大切です。

良い距離感が重要なんですね。他にはどんな悩みが上司の方から寄せられますか?

「仕事の意欲が低い部下の指導に悩む」方も多いですね。部下のために一生懸命にアドバイスをしても、打っても響かずストレスが溜まっているようです。

まったくやる気のない部下を抱えている方は、良い意味で「期待しすぎないこと」が大切です。部下にこう動いてほしいという期待が裏切られるから、イラッとしたりストレスを感じたりします。

上司・部下の関係に限らず、「人間関係がくずれるのは期待しすぎたとき」というのは覚えておいてください。

仕事をしないことも、それによって評価が下がることも部下の問題。自分が伝えるべきことを伝え、やるべきことはやったと思えるならば、自分に対して合格点を出すといいでしょう。

部下の評価が上司の評価になる場合は、割り切るのがなかなか難しそうです。

そうですね。多くの会社の仕組みからして、仕事をしない部下について上司のマネジメント責任が問われるのは、仕方ありません。それは事実として受け入れたうえで、自分なりのバランスを取るのが大切です。

部下の評価が悪くて自分の評価も落ちてしまったときに、「もっと部下を教育すべきだった」と捉えるか、「やるべきことはやったからしょうがない」と捉えるか、どちらの捉え方をするかで、ストレスの溜まりやすさは違います。

もちろん、「部下に期待していない」と口に出す必要はありません。心の中でそう思っていれば良い。失敗した時に、うまく他者や環境のせいにすることも、メンタルを守るうえでは大切な心構えじゃないかと思います。

最も避けるべきなのは、部下も自分も責任を感じすぎて苦しくなることです。

メンタル不調の対策は「質よりも量」が大事

なるほど。あまりすべてのことを自責で捉えすぎるのもよくないんですね。責任感の強い方ほど、気づかないうちにメンタルの問題を抱えてしまう方もいそうですが、早期発見をするにはどうすればよいでしょうか?

自分の不調に気づくには、1日に5分でいいので、自分の調子と向き合う時間を作ることが大切です。チェックしてほしいのは「食事・睡眠・遊び」の3つ。これらが、調子のいい時と同じようにできているかを気にしてください。

「遊び」とは?

趣味に対する意欲とも言い換えられます。いつもは、趣味の予定があるからこそ仕事を頑張れていた人が、それに億劫さや空虚さを感じ始めたりしたら注意が必要です。

メンタルダウンの兆候を感じたら、どう対処するのが良いでしょうか?

当たり前のことですが、生活リズムを整えること、特に睡眠をしっかり取るようにしてください。相談に来られる方の多くは、そこが乱れています。

忙しすぎて寝る直前まで仕事をしてしまうことってありますよね。でも、脳は仕事を終えたからといって、すぐにスイッチオフになるわけではありません。作業後のパソコンが熱を持っているように、脳もクールダウンの時間が必要なんです。

疲労を感じている時は、シャワーだけじゃなく湯船にゆっくり浸かって、仕事と睡眠の間に十分な時間を取ってみてください。入浴は身体の緊張を解く効果もあるのでオススメですよ。

他にも、メンタル不調の対処法はたくさんあります。例えば、運動は心身の健康にいいというエビデンスがある方法です。しかし、運動が苦手な人からしたら、逆にストレスの原因になるかもしれません。旅行も不調を整えるのには効果的ですが、なかなか頻度を増やすことはできない。

大切なのは、自分が好きだと思えて、取り組みやすい対策をたくさん持っていることです。

ちょっと高級な入浴剤を入れてみたり、好きなコンビニスイーツを食べてみたり、エステやマッサージに行ってみたり、日常に取り入れやすい方法を組み合わせて対処していく。

メンタル不調の対処法は、「質よりも量が大事」だと覚えておいてください。

そのうえで、繰り返しになりますが、個人で対処しきれない場合は、なるべく早くまわりの人に相談しましょう。会社に相談するのが難しい場合は産業医に相談するなり、心療内科に行くなりする。「メンタル不調を感じたら、ここに駆け込めば大丈夫」と思える相談先の選択肢を、いくつか持っておくといいと思います。

自分の「無力さ」を受け入れることから

自分のメンタルをうまく扱える人が増えるといいですね。一方で、今回の取材を経て、メンタル負荷の高い「上司」という役割自体についても、考え直す必要があるように感じました。

部下を「1人の人間として満たしてあげる上司」が評価される風潮は、きっと続いていくでしょう。でも、僕はその評価基準は、ある種の虚像じゃないかと思うんです。

だって本当に「満たしてあげられているか」は、部下本人にしか分からないし、どんな部下に対しても同じようにはできません。そんな不確実なものを評価の基準にしてしまうと、部下を満たすのがうまい上司が勘違いして天狗になったり、満たすことができない悩みを持つ部下がいた場合に、上司が思い悩んでしまう可能性があります。

人の価値観は変えられないのと同じで、本来的には「人の心は満たせないし、満たす必要もない」という事実を見つめること。その歯痒さに耐えながら、柔軟に対応できる上司こそ、組織にとって大切な存在なのかもしれません。

どうすれば、そうした上司に近づけると思いますか?

上司になるような方ですから、多くの成功体験とともに、自分の力で道を切り開いてきた自信も持っているでしょう。でも、その自信が「すべて成功しなければいけない」という完璧主義に変わってしまうと、変えられない現状に直面して心が折れてしまうことがあります。

大切なことは、「自分の無力さを受け入れる」ことです。人間関係の問題は、自分1人の能力だけでは変えられないものがたくさんあります。

完璧な人間なんていません。大袈裟に聞こえますが、誰もが自分以外の誰かに生かされているんです。コンビニでご飯を買うにも、食材を作る人、調理する人、販売する人がいて成り立っています。自分1人で生きられないということは、どこかしら無力なところがあるということなんです。

その厳然たる事実を見つめてみる。「自分でなんでもできる」と勘違いして、自分に過度なプレッシャーをかけたり、部下に期待という名の重荷を背負わせたりしない。そんな上司の在り方が、徐々にでも広がっていったらいいですね。


[取材・文] 佐藤紹史 [編集] 岡徳之

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