「つらいなら辞めれば?」が本音の上司にメンタルヘルス専門家が伝えたいこと

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上司としてチームの成果を挙げなければ…と考えるあまり、おろそかにしがちで、かつ難しいのが「部下へのメンタルケア」。実際にメンタルヘルスに不調を抱える社員も増加傾向にあるといいます。

部下に対して奮起を促すような言葉をかけたいと思いながらも、少し語気を荒げたり、叱責したりすると「じゃあ辞めます」「正直、つらいです」…と弱音を吐く部下たち。「じゃあ、辞めたら?」という言葉が喉まで出るけれど、それはパワハラになってしまう、とグッと飲み込んで…。あなたもそんなモヤモヤを抱えてはいませんか?

今回はさまざまな企業にメンタルヘルスを専門とする産業医として従事する小橋正樹さんに、部下のストレスやメンタルケアを意識したコミュニケーション方法や対処法についてお話を伺いました。

産業医/メンタルヘルス法務主任者/労働衛生コンサルタント 小橋正樹

PROFILE

産業医/メンタルヘルス法務主任者/労働衛生コンサルタント 小橋正樹
小橋正樹
産業医/メンタルヘルス法務主任者/労働衛生コンサルタント
2010年、産業医科大学医学部医学科卒業。総合診療医・救急診療医を経て、現在は働く人びとの健康を守るスペシャリストである産業医(統括産業医含む)として、数々の企業において組織戦略に基づいた健康推進活動に従事

「見返りのない激務」「失敗の許されない環境」で磨耗する人びと

—メンタルヘルスに不調をきたす人が増えているような気がします。実際に産業医として面談されている実感としてはいかがでしょうか。

企業と産業医契約を交わす際、「健康問題について、御社で今いちばん困っていることは何ですか?」と私はかならず担当者に質問するのですが、多くの企業はがん就労や生活習慣病などを差し置いて、「メンタルヘルスです」とお答えになられます。

私が関わってきた企業はベンチャーから大手まで、規模も業種もさまざまですが、特に20〜40代の社員の約8割はメンタルヘルスに関わる相談を産業医にしている印象です。

厚生労働省の統計でも、メンタルヘルスに問題を抱えている社員がいる企業は全体の5割を超えており、精神障害による労災認定件数も年々増加の一途をたどっています。

—なぜ、これだけメンタルヘルスの問題が顕在化してきたのでしょうか。

以前と比べてメンタルヘルスへの理解が進み、精神科を受診することのハードルが下がったのは大きいでしょう。あとは今の時代、なかなか「見返り」を感じづらいからというのも一因としてあるかもしれません。

昔は、とりあえず歯を食いしばって頑張っていれば、給料は上がるし出世もするという見返りが約束されていた。ですから、どんなに理不尽な上司や仕事にも耐えられた節がありました。

しかし今は仕事は増える一方で、がまんして頑張っても見返りがある保証はない。会社は「やりがい」という切り札を振りかざしますが、そもそもやりがいは誰かに与えられるものではありません。

そういった意味ではゼネコン業など、形として成果や達成感が残りやすく、比較的自分のペースで仕事ができる職種は、意外とメンタルヘルスを崩す人が少ないんです。

一方、サービス業やIT業など、たまにお客様やクライアントに感謝されることはあっても、クレームを受けたり詰め寄られたりするばかりで達成感を得にくく、自分のペースで仕事がしづらい職種は大変です。

—どんなきっかけで不調を訴える方が多いのでしょうか。

前提として、厚生労働省の労働者健康状況調査では、仕事や職業生活に関する強い不安・悩み・ストレスの原因として、「職場の人間関係」「仕事の量」「仕事の質」が例年のトップ3となっています。

新入社員や若手社員は、やはり新しい環境への適応具合が問題となることが多い。例えば、それは人間関係。今どき普通に生きていれば、20歳も30歳も上の人たちとコミュニケーションする機会って、学生時代にそれが必要なバイトでもしていないかぎりありません。

今は気になる女の子と夜に連絡を取ろうにもLINEで直通ですが、固定電話しかなかった昔は「その子の両親」という風神雷神を通さなければその子にたどり着けなかった。「今、うちの娘は家にはいない!」ってそんなこと絶対ないのに、ここは一旦引き下がっておこうと「分かりました!失礼しました!」と駆け引きをせざるを得ない(笑)

そうやって嫌でも上の世代とのコミュニケーションを学ばなければならなかった時代背景との違いが、免疫の差を生んでしまったのかもしれません。

加えて、やはり滅私奉公を「善」とする上の世代と、そんな世代がリストラされている姿を子どものころに直に見てきた世代との価値観のギャップが、コミュニケーションを取りづらくさせているのだと思います。

滅私奉公に耐えられなかったり、疑問を持ったりした先輩社員はおそらくもうすでにその会社を辞めていますから。もちろん、単純に世代論で片づけられる問題ではなくあくまで一因です。

また、最近個人的に多いと感じているのが、上司から期待されて大きな仕事をまかされることが不調のきっかけになり得るということ。「失敗したらどうしよう」と先読みして、悩むあまりに体調を崩して休職してしまうんです。特に20代の方にそのような人が多いと感じます。

「仕事をまかされる」ってポジティブに捉えられそうなものだけど、「失敗したくない」「まわりからどう見られるだろうか」というプレッシャーが先に出てきてしまう。物心ついたときにはインターネットがあって、失敗が即「炎上」みたいな世界ですから、過度に先読みして心配してしまうのかもしれません。

産業医/メンタルヘルス法務主任者/労働衛生コンサルタント 小橋正樹

—上司からすると、「期待してまかせたのに」という思いが芽生えそうです。

そうですね、チームとしてもなかなかやりづらい。上司としては適材適所というか、その部下がある程度下積みしてからまかせたほうがいいタイプなのか、早い段階で裁量権を与えて思いきりやらせたほうがいいタイプなのか、見極める必要があります。

部下の健康を見極める「ケチな飲み屋サイン」

—その見極めはどうすればいいのでしょうか。

まず前提として「PERFECT HUMAN」は存在しません。人間誰しも元々の気質や適性がある程度影響するのは事実です。

ただ、やはり最初の半年くらいはやらせてみないと分からない部分がありますよね。それで成果が上向いていけば、合っているということだと思います。

大事なのは、日ごろからのコミュニケーションとつまずいたときのフォローです。部下からの相談を受けやすい状態にしておくこと、そしてSOSを見逃さない。体育会系の人でも意外と前兆なく、心が折れてしまうこともあるんですよ。プロジェクトが終わって燃え尽きてしまう、とか。

不適応も過剰適応もメンタルヘルスに不調をきたしますので、その塩梅をうまくコントロールすることが大切です。

「あいつ何か最近様子がおかしいな」という勘はたいてい当たるものですが、メンタルヘルス不調のサインとして、2006年に医学博士の鈴木安名氏が提唱した「ケチな飲み屋サイン」というのがあります。

  • け:欠勤
  • ち:遅刻・早退
  • な:泣き言を言い出す
  • の:能率の低下
  • み:ミスが多い
  • や:辞めたいと言い出す

もともとおしゃれに気を遣っていた女性が、化粧をしなくなったり、身なりがくたびれてきたりするのも要注意。メンタルのバランスが崩れると、身のまわりのことに気を遣えなくなって、お風呂に入らなくなったり、集中力が著しく低下したりしますから。

—ただ、上司が女性社員の身なりを指摘するとパワハラとみなされるのではないでしょうか。

指摘する目的によります。上司には部下の健康配慮義務が法律で課されていますので、何かおかしいと感じたら部下の健康を守るための適切な対応をしなければいけません。

よく私はこの手の話をするときに、『ちびまる子ちゃん』に登場するヒロシと友蔵を対比として使っています。

ヒロシは、居間で他の家族がいる前で酒を飲みながら小馬鹿にしたような態度で、「おい、まる子。おめぇ最近女子力低下してるんじゃねーか?」と、まる子の話や状況を無視して一方的に経験談や価値観などを押しつけます。

妙に本質をついた発言をするヒロシは個人的に好きなんですが、少なくともメンタルヘルス不調が疑われる部下への対応としてこのような対応は最悪です

一方の友蔵は、プライバシーの確保できる自室へ呼び出し、「まる子や、最近疲れているようだけどどうしたんじゃ? 友蔵は心配しておるから、よかったら話を聞かせておくれ」とまる子が安心してゆっくりと話せるような状況を作ります。

カウンセリングの基本は「傾聴」「共感」「受容」ですが、それをすべて兼ねそなえているのが友蔵です。メンタルヘルス不調が疑われる場合は、上司として心配していることを前提に「友蔵マインド」を心がけていただきたいです

産業医/メンタルヘルス法務主任者/労働衛生コンサルタント 小橋正樹

今の時代にあった「飴」と「鞭」のバランス

ーパワハラとの線引きは当然必要ですが、その上で不調に陥った部下をどのように引き上げればよいでしょうか。

「適切な指導」というのは、時代によって変わってくるから難しいですよね。例えば、戦国時代なんて、少しでも上に逆らおうものなら本当に首が飛ぶかもしれないような指導が当たり前のような時代でしたが、2017年の日本はまったく違います

大前提として、部下もお金をもらった対価として組織に貢献するという、労働契約を結んだ労働者であるということを忘れてはいけません。業務に関わることであれば、多少きつい言葉を使っても、きちんとその後のフォローがあれば大丈夫です。

むしろ、あまりナーバスになって、腫れ物を触るような扱いで部下に接していると、今度は「逆パワハラ」も起こり得るため、これはこれで問題です。

部下が上司のミスにつけこんだり、指示にまったく従わなかったり、挙げ句の果ては「あーら、ごめんなさい」と注いだお茶をわざとこぼすなど、昭和のトレンディードラマのようなエピソードも実際にあるんですよ。

結局のところ、「飴」と「鞭」のバランスですね。自分がどちらかの役割しかできない場合は、対極的な人材を副リーダーに置くという方法もあります。例えば本田宗一郎は、パートナーの藤沢武夫が本田とは対極のバランス重視型だったため、本田の能力を活かしつつその暴走を止めるというマネジメントができたと言われています。

部下にナメられてもいけないし、上司として慕われるようなリーダーにならなければならないし… 本当に大変です。

—成果を挙げる責任を負うマネジャーとしては、「つらくて仕事に身が入らない部下は、辞めてくれたほうが助かる」と心の片隅では思ってしまいそうなものですが…。

まず、なぜ部下が「つらい」「辞めたい」と言っているのか十分にコミュニケーションを取る必要があります。

その結果、メンタルヘルス不調が少しでも疑われる場合は、健康配慮義務の観点から産業医などの専門スタッフにつなぐ必要があります。先ほどのケチな飲み屋サインにも「辞めたいと言い出す」が入っていましたよね。

メンタルヘルスを損ねている人の場合、思考力や判断力が低下して「今ここから飛び降りたら明日から会社に行かなくていい」と言う考えが頭に浮かんでしまうほど、他の選択肢が見えなくなるレベルにまで悪化することもあるんですよ。

「他に人がいないから」と無理に働かせ続けたり、休職制度があるのに「戦力にならないから」と退職を強要することは最悪「命」に関わることであり、もちろん法的にもNGです。治療や休養をして体調が回復すれば、また元のパフォーマンスに戻ることだって十分期待できるんです。

一方、健康状態が問題ないのに「つらくて辞めたい」と連呼している部下が職場の士気を下げており、対応に困るケースが多いのも事実。いわゆる「辞める辞める詐欺」ですね。人間は本来変化を嫌う生き物ですので、なんだかんだ現状が居心地良くて一歩を踏み出す勇気がなかったり、辞められない理由を外部に求めたりするものなんです。

何事もトレードオフであるという覚悟で、部下には主体性を持って生きてもらいたいのが正直なところですが、こればかりは1日2日の指導でどうこうなるものではありません。ただ、こういった場合もコミュニケーションが重要で、つらくて辞めたい原因を聞き出して上司として改善できる部分は改善する姿勢が必要だと思います。

上司は全体のチームリーダーでもありますので、「気持ちは分かるが、皆の前では職場全体の士気が下がるような発言は止めてほしい」と釘を刺しておくことも一策です。

産業医/メンタルヘルス法務主任者/労働衛生コンサルタント 小橋正樹

部下の成熟度に合わせた「シチュエーションリーダーシップ」

—チームリーダーとしては、部下の不調にどのように対処するべきでしょうか。

一人がメンタルヘルス不調に陥り職場離脱となると、残った部下たちにそのしわ寄せがやってくるため、メンタルヘルス不調は感染するとも言われています。

そんな事態に陥る前に、まず何か手を打っておくべきです。部署の誰がどんな仕事を持っているかを見える化しておいたほうがいいでしょう。

以前なら達成目標を与えて「とにかくやれ」という感じでしたが、仕事の総量が分からないから、次々と仕事を与えてオーバーワークになってしまうんです。得てして仕事ができる人に仕事が集まりやすいものですが、それも上司として配慮すべきです。

—部下の目標達成率を管理するのではなく、仕事の量と進め方をコントロールするということですね。

ストレスは病気の元でもあると同時に成長の原動力でもあります。ですから、いかに無駄なストレスを除きつつ、業務に必要なストレスを与えて部下のパフォーマンスを最大限に引き出せるかが上司の腕の見せ所です。

上司によってリーダーシップの取り方はさまざまですけど、部下の成熟度によって有効なリーダーシップスタイルを変えていくのが、「SL(シチュエーションリーダーシップ)理論」です。

1. 部下の成熟度が低い場合
具体的な指示を出し、事細かに進捗を監督をする(教示的リーダーシップ)

2. 部下が成熟度を高めてきた場合
上司の考えを説明して部下の疑問に応える、納得感を持たせて仕事をさせる(説得的リーダーシップ)

3. さらに部下の成熟度が高まった場合
部下を認めて意見を聞き、部下が適切な問題解決や意思決定をできるよう取り計らう(参加的リーダーシップ)

4. 部下が完全に自立性を高めてきた場合
部下と話し合い、合意の上で目標や課題を決め、部下にまかせて成果の報告を求める(委任的リーダーシップ)

部下がどのフェーズにいるか、よく見極めることが上司の役割とも言えますね。

—部下のフェーズを見極めるコツはありますか。

やはり、部下のほうから言いにくいことを打ち明けたり、相談したりするのは難しいですから、15〜30分でもいいので定期的に対話する場を設けることです。

例として、「この時間帯については部下からどんな質問が来ても即答する」と、部下に対応する時間を確保して「近寄るなオーラ」をかき消す努力をしている企業もあります。

ただ、その対話も言い方が大事です。部下とは家族「的」な関係であっても、家族ではありません。

パワハラに該当するようなコミュニケーションは論外ですが、信頼関係がないうちから部下との距離感を縮めたいがためにプライバシーをまったく無視したラリアットをいきなり打ち込み、結果的に部下が心を閉ざしてしまうのも考えものです。

信頼関係を重ねるうちに徐々にジャブを強くしていき、どこまで込み入ったコミュニケーションができるのか部下の境界線を見極める。あくまで「上司」と「部下」という関係性があるかぎりはそれなりのマナーが必要なんだと思います。

もちろん業務に関する内容であれば、遠慮をする必要はありませんが。

産業医/メンタルヘルス法務主任者/労働衛生コンサルタント 小橋正樹

「上司自身」こそメンタルヘルスに注意

—上司として担っている責任の重さを感じます。成果ばかりを追うのではダメなのですね。

今までは、パフォーマンスさえよければマネジメントは多少荒くても大丈夫だったかもしれません。しかしこれからは、ドラクエ風にいうと「ガンガンいこうぜ」と「いのちだいじに」を適宜使い分けられる、全体にも個人にも寄り添ったマネジメントのできる上司がますます求められる時代です。

介護や子育て中の人やがんサバイバー、障碍者など、上司自身がそれまで直面したり、接したことのないバックグラウンドを持った人たちが増える前提でチームを設計することが当たり前になってくる。そのオーケストラをまとめ上げるリーダーシップが必要ですし、今後はそういった姿勢が結果的に全体のパフォーマンス向上につながるのだと思います。

それに、「上司自身」こそメンタルヘルスに気をつけたほうがいいですよ。

若いときはプレーヤーとして言われたことをやっておけばよかったのに、課長、部長と役職が上がるにつれて仕事のハードルは上がり、マネジメントスキルが求められるようになってくる。滅私奉公的に社会や会社のことを考えすぎて、自分のことを大切にできず、過重労働となって健康を損ねてしまう人も多いんです。

健康を確保するための十分な睡眠やON/OFFの切り替えはもちろん大切ですが、大前提として私は主体性を持って仕事に打ち込んでいる人を心から尊重しています。人生の優先順位をどうするかは個人の自由ですから。

しかし、主体性を持って仕事に打ち込んでいるようで、実は「滅私奉公は善」という思い込みに捕らわれているだけということはないでしょうか。部下との関わりも含めて今自分がやっていることは本当に正しいのか。そんなことを考え続けながら、定期的に自らをイノベーションしていく姿勢が、本当の意味での「心の安定」につながるのだと思います。

そして、「たたかう」という作戦がどうしても行き詰まった場合、上司にも「逃げる」という選択肢が与えられていることも忘れないでください。

自分のさらに上の上司や経営層に助けを求めてもどうにもならない。いざとなれば上司自身が「逃げ」を選択することは、もはや恥ですらありません。命を失うよりは、まだマシです。

産業医/メンタルヘルス法務主任者/労働衛生コンサルタント 小橋正樹

[取材・文] 大矢幸世、岡徳之

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