売る人と買う人の関係から、価値観を共にする友達の関係へ。いま企業と働く個人が求められる変化

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イタリアのファッションブランド「ディーゼル」が昨年、LGBTQをサポートする意味を込めたコレクションを発表したことが話題になりました。
インスタグラムにはセクシュアルマイノリティのタレントを起用した写真を投稿。しかし、そのことが引き金となり、同社のアカウントのフォロワー数は約2万人も減ったとされます。

大切な顧客を失うなど、従来の商売の感覚からすれば完全なる失策と言えるでしょう。なのになぜこうしたセンシティブな話題について、ブランドが積極的にスタンスを表明する例が世界的に増えているのでしょうか。
デザインイノベーションファーム「Takram」のビジネスデザイナー佐々木康弘さんは最新著『D2C』で「Direct to Consumer(以下、D2C)」と呼ばれるブランド戦略の新しい潮流を紹介。企業と顧客の関係に不可逆な大きな変化が起きていると書いています。
「機能を顧客に売る時代から、世界観を家族・友人に売る時代へと移っている」と話す佐々木さんに、いま企業と働く個人が迫られている変化について、詳しくお話を伺いました。
顧客はいなくなり、コミュニティの一員になる
―佐々木さんは著書の中で「企業と顧客の関係に不可逆な変化が起きている」と書いています。
いま、小売を介さずSNSなどを通じて企業と顧客がダイレクトに対話を行う「D2C」という潮流が生まれています。これに絡めて言うなら、”顧客”がだんだんといなくなっています。顧客というよりはコミュニティの一員になってきている。自分たちの購買・発言・コミュニケーションがブランドの一つのピースを成しているという意識に変わってきていると思います。
反対にブランド側としても「お願いします。買ってください」というよりは、自分たちがいいと思うものを友達や家族に勧めるみたいな感覚になってきている。そして、そういうブランドが信頼され、ファンが多くつき、そのファンのロイヤリティが高いために、ビジネスとしてうまくいくようになってきています。
―なぜそうした変化が起きているのでしょうか?
これはもうだいぶ前から言われていることですが、人はモノを買わなくなっています。正確に言えば買ってはいるのですが、モノそれ自体には関心がない。なぜなら基本的にはもう全部がいいものだからです。モノがいいとか機能がいいとかは差別化ポイントにならない。そうすると、最後に残る差別化ポイントは「誰が作っているか」しかなくなります。
ブランドや会社というものが人に近づいているという言い方もできるでしょう。そうなった時に、どういう人間関係が最も心地よく、長続きするかと言えば、それは売る人と買う人のような関係ではなく、価値観を共にする仲間や友達、家族のような関係ではないでしょうか。こうした背景があって、企業と顧客の関係が変わってきているのだと思います。
世界観を共有した仲間のような消費者は、プロダクト単位ではなくブランドそのものに愛着を持ってくれます。だから、極論すればどんなプロダクトを出しても買ってくれる。アップルが分かりやすい例です。「新しいiPhoneが出る」と聞けば、試す前から買うと決めている人がたくさんいるじゃないですか。
プロダクトになにかしらの瑕疵があったとしても、ブランドへの愛着があれば、それで関係が終わってしまうことはない。それはまさに仲間や友達、家族のような関係と言えます。ロイヤリティの高いファンはむしろ困ったことがあった時には助けてくれたり、より良い商品を作るのに協力を惜しまなかったりする。だから結果としてそのほうがうまくいくんです。
企業にも求められる「人格」
―どうすればそういう理想的な関係が築けますか?
「誰が作っているか」が重要ということは、自分たちが誰であるか、どんな人格なのかを表明する必要があります。ですが、それを表明するためには、まず自分たち自身がどういう人間なのかを自覚することから始めなければなりません。会社の中で話し合いを重ねるなどしてブランドとしての人格をはっきりさせる。その上でそれを積極的に表明していく必要があります。
発信すべき内容は「ライバル企業と比べて機能がどうか」といった話ではなく、例えばどんな食べ物が好きなのか、どんな音楽を聴くのかといったことです。買ってほしいものについて語るのではなく、自分たち自身について語る。従来の感覚からするとビジネスとなんの関係もないように思えるかもしれませんが、そういった人格の感じられるブランドをこそ人びとは好きになります。
Spotifyのプレイリストを公開する企業が増えているのはその表れと言えます。「ああ、この人たちの音楽の趣味は自分と合うな」と思ってその人のことを好きになるということがありますよね。それと同じことが企業と消費者の関係についても言えるということです。あるいはポッドキャストをやるところが増えているのもそう。声や語り口からも人柄は伝わりますから。
―政治的な発言が目立つのもそのひとつ?
そう言っていいだろうと思います。例えばナイキのCMに「この靴のこの機能がすごい」という内容のものはほとんどありません。それよりも「セリーナ・ウィリアムズは黒人差別や女性蔑視とこのように戦ってきた」など、ブランドとして大切にしている世界観を表現したものが目立ちます。
LGBTQのサポートを表明したディーゼルは、そのことによりインスタグラムのフォロワーが2万人減ったそうです。アメリカではセンシティブな話題だから、先進的な意見を表明すると一定数のファンが減ってしまいます。けれどもディーゼルがかっこよかったのはその後。続けて「いなくなってくれてありがとう」と投稿したのです。こうした「俺はこう思う。そう思わない人はいなくなってくれて構わない」というコミュニケーションが増えています。

リーバイスも銃規制に賛成を表明しました。リーバイスはもともと、保守的でどちらかと言えば銃を持ちたがる人に人気のブランド。だからブランドとして銃に反対すれば、少なくない顧客が離れてしまいます。彼らはそれを承知の上で、あえて意見が割れるような話題について、ブランドとしてのスタンスを表明するのです。
背景には、日本ではまだそこまでではないですが、アメリカやヨーロッパでいま起きている政治的分断があると思います。これはつまり半分くらいの人が「自分たちの意見が世の中を作るのに反映されていない」と感じているということです。特にミレニアル世代と呼ばれる若い人たちの価値観を汲み取る政権がいまの先進国にはありません。アメリカもイギリスも中国もそう。日本もそうです。だから政治に代わってそれができる力強い主体としての企業への期待が大きくなっているんです。
企業がそうした人々の意識の変化に呼応し、積極的にスタンスを表明することで、消費者に「ああ、自分たちの味方なんだ」と思ってもらうことができます。
とはいえ、消費者に合わせに行く発想で付け焼き刃のメッセージを発信したとしても、うまくはいかないでしょう。顧客がコミュニティ化する一方で、「消費者化する従業員」の存在も無視できません。人材の流動化により、従業員の相対的なパワーは上がっており、経営者の対外的な態度と普段の振る舞いとが一致していなければ、SNSなどを通じてたちまち暴露されてしまいます。
企業側には、意識を変えた人びとに合わせに行くというよりは、むしろ積極的に人びとの意識を変えに行く姿勢こそが求められるかもしれません。
ミレニアル世代向けにキッチンウェアを販売する「Equal Parts」は、自炊をせず、忙しく働き、デバイスと接続し続ける生活を送る中で疲弊しているミレニアル世代に対し、最も手っ取り早いウェルビーイングの方法として、料理をする生活を提案しています。自炊をする人自体が少ないわけですから、単純に市場に合わせに行く発想であれば、ファストフードや「Uber Eats」のようなサービスになっていたでしょう。Equal Partsはそうではなく、いまあるのとは別のライフスタイルを提案し、教育・啓蒙しているのです。
人格はエッジに宿る
―大企業がここまでお話しいただいたような変化に対応する上で、ポイントはどこにありますか?
これまでブランドと消費者の間には広告代理店や小売店など、必ず誰かがいました。D2Cになると間に人はいなくなり、ブランドと消費者はダイレクトにつながるようになります。
それに伴い、ブランドを体現する人も中央からエッジへと移っていきます。CEOやブランドオフィサーがすべて決めてコントロールするというよりは、直接消費者と接するSNSのいち投稿やカスタマーサポート、店舗に立つ店員などの振る舞いや語り口の一つひとつがブランドを表現することになるわけです。
「Glossier」というD2Cのブランドは、カスタマーサポートのことをオンラインエディター、店舗に立つ人をオフラインエディターと呼んで、その人たちがブランドを作る編集者だという考え方をしています。大企業では組織構造上、この「中央からエッジへ」のシフトが難しい場合が多いですが、それが出来ないことにはうまくいかないだろうと思います。
クラウドファンディングで企業を支援したり、新製品の使い心地について企業と直接チャットでやりとりしたりなど、友達と付き合うような感覚で日常的に企業とコミュニケーションをしているのは、やはり若い人のほうが多いでしょう。もちろん人によっても異なるので一概には言えないですが、上の世代の人にはない感覚ではないでしょうか。だから、若い人をちゃんと抜擢できるかどうかもポイントになると思います。
世界一の履き心地と言われるD2Cシューズブランド「Allbirds」のCEOジョーイ・ズウィリンジャーは「これからはモノを作って終わりではなく、消費者と関係を築くとか愛してもらうとかも含めてプロダクトだ」と言っています。しかし、日本の大企業の多くには相変わらず「いいモノを作ったら売れる」と考えている人が少なくない。その考え方は大きく改める必要があるでしょう。
また、いまはちょっと面白いことを言えば誰でも20万リツイートされたりする時代です。流行を作ること、バズを起こすこと自体はコモディティ化して、簡単になっています。難しいのはそれを継続すること。ですから、指針とすべきは一瞬のバズやインプレッションではなく、長期的な視点に立ち、ファンでい続けてくれる人をどれだけ大事にできるかです。
エモい言い方をするなら「愛」がキーワードです。これまでは「愛してもらっていないが買ってもらってはいる」という商品がたくさんありました。食べたくはないけれども、時間がないからファストフードを食べるとか。決してお気に入りではないけれど、6割引だったからこの洋服を買おうとか。そうではなく、「好きだから買っている」という状態を消費者の日常にどれだけ増やせるかがポイントになってきます。
これまでの企業と消費者の関係は、どちらかが上というかたちで語られがちでした。「企業が効率よく商品を生産して消費者に流す」。逆に「お客様は神様です」とか。これからは両者の垣根がなくなり、SNSなどにより情報の非対称性もなくなりますから、お互いの関係はどんどんフラットになっていきます。これまでのように市場の歪みを利用して金儲けをするといったことはしにくくなり、本当に世の中が良くなることに貢献をすることでしかビジネスができなくなっていくのではないでしょうか。
個人も自分を「さらけ出す」必要性
―そうした環境の変化に伴い、働く個人に求められることも変わりますか?
人びとの趣味趣向が細分化していくのに伴い、大企業のプロダクトラインナップも今後は細分化していくと考えられます。となると、大きなメーカーにいながらも、個人がブランドとしてのパーソナリティを考えるとか、それを表明するために自分が前面に出ていく機会は増えるのではないでしょうか。
これまで会社員は自分のキャラクターを出す必要はないものとされてきました。けれども、繰り返し述べているように個性が殺されたブランドは誰も支持しない。そうである以上、その発信者である一人ひとりも自分というキャラクターを立たせていく必要があると思います。
現状、大企業に限らず、ビジネスパーソンにとっては、「自分がディーゼルのSNS担当者だったら血の気が引く」という人が大半ではないでしょうか。「すみません、2万人フォロワーが減っちゃいました」とはなかなか言えないですよね。でも、そこで「いなくなってありがとう」と言える必要があるということです。だから、いまから自分のボイスを発し、世の中からダイレクトにフィードバックを受けることに慣れておいたほうが、個人の生存戦略としてもいいのではという気がします。
―佐々木さんはもともとそういうことができる人だったんですか?
そんなことはありません。私自身ももともとは総合商社出身ですし、そのころは自分を晒すことなど考えてもいませんでした。自分で発信することを始めたのは、やはりTakramに入ってから。「ビジネスデザイナー」という職種は私が入社した時点で社内に一人もいませんでした。ジャンル自体を作っていくために必要に迫られて発信し始めたのです。
自分のSNSがパブリックなツールになっていくことには抵抗がありましたし、いまでも「嫌だな」と感じることもあります。けれどもやっていくうちに徐々に慣れていきました。こうして取材の機会をいただいたり、本を書いたりできるのも、そうやって発信し続けてきたからこそだと思いますし。
自分をさらけ出さなければならない時代をつらいと感じる人もいるでしょうが、私はいい時代だと思っています。なぜなら、先ほどプロダクトラインナップが細分化されていくと言いましたが、インターネットのおかげで、いまはそれを世界中に売ることができる。「左利きの人専用の、なんとかザメ専用の釣竿」のような、これまではマニアックすぎて商品として成立しなかったものも成り立つ時代になっています。
私が大好きなストーリーエッセイの一つにケヴィン・ケリーの「1000人の忠実なファン」というものがありますが、彼が言っているのも「いまや自分の作品に対して年に1万円払ってくれるファンが1000人いれば生活は成り立つ。マス向けを狙う必要はない」ということ。誰一人として「マス受けしないから止めよう」という我慢をしないでよくなっているということです。
従来通り数字を追うことも時には必要かもしれないですが、そのために自分を殺すというのであれば、ファンからの共感は得られなくなります。そうではなく、大企業に勤めるビジネスパーソンであっても自分の趣味趣向を表明していい。それに対してファンがついてくるということが起こる。ハドソンの「高橋名人」のように、そうした例は昔からあったのかもしれないですが、今後はもっともっとそうしたことが起こるのだろうと思います。
ただし、「だから自分の好きなことだけやりましょう」ということではないとも思っていて。事業のサステイナビリティとか、環境負荷とかも考えられていなければ、共感を得ることはできません。ですから「社会的存在としての自己」のようなものを客観的に見る必要も増していくでしょう。
その上で「自分はこう思う」「こういうものを作りたい」ということを、マス受けを狙うのではなく、割とシャープに発信していく。いまはまだマーケットが存在しなかったとしても「こういう社会を作りたい」と積極的に発信する。そして、それについてきてくれる人を大事にする。そういうことが大事になっていくのではないかと思います。
株式会社Takram ディレクター/ビジネスデザイナー 佐々木康裕
クリエイティブとビジネスを越境するビジネスデザイナー。デザイン思考のみならず、認知心理学や、システム思考を組み合わせた領域横断的なアプローチを展開。エクスペリエンス起点のクリエイティブ戦略、事業コンセプト立案を得意とする。DTC含むニューリテール、家電、自動車、食品、医療など幅広い業界でコンサルティングプロジェクトを手がける。ベンチャーキャピタルMiraiseの投資家メンター、グロービス経営大学院の客員講師(デザイン経営)も務める。2019年3月、ビジネス×カルチャーのメディア「Lobsterr」をローンチ。 Takram参画以前は、総合商社でベンチャー企業との事業立ち上げなどに従事。経済産業省では、Big DataやIoTなどに関するイノベーション政策の立案を担当。 早稲田大学政治経済学部卒業。イリノイ工科大学Institute of Design修士課程(Master of Design Method)修了。
[取材・文] 鈴木陸夫 [企画・編集] 岡徳之 [撮影] 伊藤圭
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