人事なのに「人事以外の経験」を求めて飛び出した理由―メルカリCHRO木下達夫さん

doda X(旧:iX転職)は、パーソルキャリアが運営するハイクラス転職サービス。今すぐ転職しない方にも登録いただいています。
今の自分の市場価値を確かめてみましょう。

慶應義塾大学卒業後、1996年に新卒でP&G(現:プロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン株式会社)に入社し、人事部で採用とHRBPを担当。2001年に日本GE株式会社入社。HRリーダーシッププログラムを経て、GEプラスチックス(現:SABICジャパン)のブラックベルト、同栃木工場の人事マネジャー、GEキャピタルの人事ディレクター、同アジアパシフィック人材・組織開発リーダー、日本GE人事部長などを歴任した後、マレーシアにてASEAN人材・組織開発ディレクター、GEオイル&ガス(現:ベーカー・ヒューズ・GEカンパニー)のアジアパシフィック人事責任者となる。2018年12月からメルカリに参画して、現職。
人事は、人事以外のことも経験するべきだと思うんです――。P&GとGEでグローバル規模の人事ポジションを務め、現在はメルカリのCHROとして活躍する木下達夫さんは、インタビューでそう切り出しました。実際に木下さんの歩みを紐解けば、日本や北米、東南アジアを股にかけ、人事だけでなく財務や営業部門も経験するなど、多彩な経歴で彩られています。そのキャリアストーリーは、学生時代に向き合った「最初の選択肢」から始まりました。
「マーケティングか人事か」という最初の選択肢
P&Gという会社でファーストキャリアを歩み始めたのは、今振り返っても本当に良い選択だったと思っています。
私が現在所属しているメルカリでは「Go Bold」(大胆にやろう)というバリューを掲げていますが、入社した当時のP&Gもまさに、Go Boldを地で行くような会社でした。何しろ、ついこの間まで学生だった私が、入社1年目にして新卒採用のおよそ半分をそっくり任されたんです。
担当したのはエンジニアをはじめとした理系人材の採用でした。競合に勝つため、当時(1996年)としては画期的なインターネットを駆使した採用活動を進めました。メルマガを配信したり、応募経路をウェブに一本化したり。新人が持ってきた提案でも、面白いと思えばどんどん採用してくれる風土がありました。
当時のP&Gは職種別採用を行っていて、大学でマーケティングを学んでいた私はエントリーの段階で難しい選択に迫られました。自分がやりたい仕事として絞り込んだのはマーケティングと人事。どちらを選ぶべきなのか……。
マーケティングは学んできたことをダイレクトに生かせるし、事業を伸ばすことにも直接貢献できます。
対して人事は、マーケティングに携わる人をはじめ会社のみんなを支援でき、人と向き合うウェットな面もある仕事です。人は環境次第でパフォーマンスを大きく左右されるもの。そうした複雑な変数が絡む仕事で、マーケティング的な考え方を生かして新たな提案ができる。そんな仕事なら、より自分はやりがいを感じられるのではないか。
私はそんな思いで、人事としてP&Gに入社しました。学生時分の決断が今につながっていると考えると、何だか感慨深いものがあります。また、そうやって決断したプロセスがあったからこそ、「人事は人事以外の仕事もやるべき」という考えにつながっていったのだとも感じます。
P&Gでの人事の仕事はとても充実していて楽しかったのですが、5年続けているうちに、人事だけをやり続けることに課題を感じるようになっていました。人事部門にいるとどうしても事業の現場と距離があり、市場環境の変化や戦略を実行する上での課題や、そこで奮闘する社員の思いを理解するのに時間がかかることに気づいたのです。
そこで、当時はマーケティングに異動したいと考え、実際にマーケティング部門のリーダーに相談しました。数年後に、よりパワーアップした人事として戻ってくるために、部署を横断してブランドマネジメントを行うマーケティングの役割を経験したいと思ったのです。しかし諸事情が重なり、実現しませんでした。
大学時代の友人からGEの「HRリーダーシッププログラム」という制度について教えてもらったのは、ちょうどその頃。私がP&GからGEへ転職する動機となったプログラムです。
「達夫だけ報告がない」。初の海外勤務でリセット
GEのHRリーダーシッププログラムとは、人事部門に入社したメンバーが8カ月×3回のローテーションでさまざまなポジションに就き、そのうちの1回は人事以外のことを経験する(当時)という制度です。
パワーアップした人事として戻ってくるために、人事以外の仕事ができる。私にとっては、まさに願ったり叶ったりの内容でした。
私の場合はまず日本で営業部門の人材育成を担当し、その後はアメリカ・カナダ、そしてタイと、海外各国での経験を積ませてもらいました。海外へ出ることが前提の制度ではなかったのですが、最初の営業育成プロジェクトで成果を出したことが認められ、当時のGEアジアの人事ヘッドを務めていた人がアメリカ行きを後押ししてくれたのです。
海外での仕事にはワクワクしていました。とはいえ、帰国子女というわけでもなく、社会人になってから英語を猛勉強した私にとって、アメリカで働くことは簡単ではありませんでした。
P&G時代にも英語力は求められました。日本で働く社員にも外国籍メンバーが多く、英語でコミュニケーションを取る機会もたくさんありました。でもGEで実際にアメリカへ行って気づいたのは、「P&Gにいた外国籍社員は優しかったんだなぁ」ということ(笑)。日本で暮らす外国人だから、私のつたない英語にも寛容だったのでしょう。
しかしアメリカでは、「英語が母国語でない人とは接したことがない」という人たちともビジネスの会話をしなければいけません。当時、私のTOEICのスコアは900点でしたが、本場のアクセントの違いに翻弄されて自分の言いたいことがなかなか伝わらずに苦労しました。
仕事内容そのものも、それまでの人事ではなく「財務」でした。現地拠点や子会社の財務監査を担当するミッションです。大学時代に財務の基本知識を学びましたが、実務はやったことがありません。数カ月という限られた期間で成果を出さなければいけないプレッシャーもあります。
また、当時の私のマネジャーはこまめな報告を求めるタイプでした。日本で人事をやっていた頃はある程度任されていたので、報告といっても週に一度くらい。その感覚でやっていたら、他のメンバーは毎日上長に進捗を報告していたことが後から分かって、「達夫だけ報告がないことに不満がある」と指摘をされ、ハッとしました。
そんなふうに、アメリカ・カナダでは社会人経験の中でやったことがないことに挑戦する日々。新人に戻った気分で、リセット感がありましたね。とはいえネガティブな気持ちになっていたわけでもなく、「これでラーニングマッスルが鍛えられるぞ」とポジティブにとらえている自分がいました。
同じ場所にいて同じ仕事を続けていたら、ラーニングマッスルは鍛えられなかったはずです。
doda X(旧:iX転職)では、厳選されたヘッドハンターが ハイクラス求人のスカウトをお届けします。 今すぐ転職しなくても、キャリアの選択肢が広がるかもしれません。 doda X(旧:iX転職)に登録してヘッドハンターからの求人スカウトを待つ |
短期間でも、どれだけクイックヒットを打てるか
ようやく北米での仕事にも慣れてきた頃、GEプラスチックスのアジアのヘッドを務めるインド人の人事リーダーから、ある日突然携帯に電話がかかってきました。聞けば「タイ工場の人事マネジャーが家族の都合で辞めてしまった」とのこと。
「達夫は次のローテーション先をそろそろ探しているんじゃないか? タイはどう?」と。私も「面白そうですね!」とノリよく答え、タイへ行くことにしました。
そんなふうに節目ごとに声をかけてもらえたのは、一つは私自身が常日頃から自分の意志を表明していたからだと思います。「事業に貢献できる人事になりたいから、事業に近いところを経験したい」という意志を周囲に語っていました。
タイ赴任を持ちかけてくれた人事ヘッドには、以前に私が体験した「学生時代の世界一周旅行」の話をしていたことも効果的だったようです。
それは超貧乏旅行でした。バックパック一つで中近東やアフリカや南米の国々を訪問した話を面白おかしくしていたから、「達夫ならタイでもやっていけるだろう」と思ってもらえたのでしょう。
もう一つポイントがあるとすれば、どんな状況に放り込まれても前向きにとらえて、結果を出そうとしてきたことだと思います。成果を出すためには現実的な落とし所が重要。口ばかりで成果が出ていないと、ただの批評家になってしまいます。短期間でも、どれだけクイックヒットを打てるか。「自ら手を動かして成果を出し、現場に価値をもたらす人材になる」ということは強く意識していました。
結果的にGEにいた17年で、私は14回異なるアサインメントをすることができました。複数の事業部で日本や北米、東南アジアと、さまざまな現場に関わることができました。
タイでの経験も少しだけ触れたいと思います。
現地に赴任していたのは半年ほどでしたが、経済成長を続ける東南アジアでの人事の面白さを体感できました。タイの人たちはみんな優しくて、いい人ばかりでしたが、コミュニケーションは基本的にタイ語なので、当初はアメリカ帰りの英語で話しかけてドン引きされてしまいました(笑)。その工場では私だけ外国人。通訳を挟んでコミュニケーションをするのは効率が悪いので、タイ語を学びました。2〜3カ月勉強して、日常会話はできるようになりました。
この原体験は、その後のマレーシアでのキャリアにもつながっています。
慣れ親しんだ環境を離れ、限られた期間に価値を発揮しようと思えば、人のラーニングマッスルは自ずと鍛えられるものだと思います。別に「数年間アメリカへ赴任する」といった大がかりなものじゃなくてもいい。ちょっとした出張でもいいから、いろいろな場を「お試し」してみるのも大事なのかもしれません。
(後編はこちら)
[編集・取材・文] 多田慎介 [撮影] 稲田礼子
今すぐ転職しなくても、
まずは自分の市場価値を確かめて
みませんか?
変化の激しい時代、キャリアはますます多様化しています。
ハイクラス転職サービス「doda X(旧:iX転職)」に登録して、
ヘッドハンターからスカウトを受け取ってみませんか?