忙しい上司に60秒でYESと言わせる技術、起業家の「エレベーター・ピッチ」に学ぶ

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変化の激しい時代。新しいアイデアはすぐに実行しなければ意味がありません。ヒエラルキー組織を一段一段上がって承認をとって・・・・・・などとやっていたら、チャンスはあっという間に過ぎ去ってしまう。社長に、事業本部長に、どうにかして直談判できないものか――。

けれども、経営者はとにかく忙しい。スケジュールは朝から晩までいっぱいです。チャンスは社長室を出てエレベーターで1階まで降りる、あの60秒だけ。たった60秒で社長にYESと言わせることなんてできるのか? いや、やるしかない――!

そこで今回は「60秒で上司にYESと言わせる技術」を学びます。登場いただくのは、日本人初、アジアの起業家を讃える「Asian Entrepreneur」で受賞した実績もある連続起業家の小林慎和さん。昨年5月には7社目となるbajjiを立ち上げ、世界展開を目指しています。

数々のピッチコンテストで投資家たちの「YES」を勝ち取ってきた小林さんは11月、香港で開催されたその名もズバリ「エレベーター・ピッチ・コンペティション」に出場しました。

短時間で人の心をつかむ話術を指した「エレベーターピッチ」という喩えがありますが、この大会は実際に超高速エレベーターに審査員と乗り込み、100階に着くまでの60秒でピッチをするというユニークなもの。

百戦錬磨の小林さんは、どんな戦略をもってエレベーターに乗り込んだのでしょうか?

超高速エレベーターで100階まで。ジャスト1分の勝負

今回の取材テーマは「忙しい上司に60秒でYESと言わせる技術」です。読者の多くは起業家ではありませんが、起業家がピッチで用いるようなプレゼン技術があれば、忙しい意思決定者のYESを勝ち取り、アイデアをすばやく形にすることもできるのではないかと。

面白いですね。自分も過去には、飛行機に乗る予定がないのに投資家を追いかけて成田エクスプレスに乗り込んだり、新幹線で大阪に着くまでの2時間でプレゼンをしたりした経験がありますよ。

今回小林さんが参加されたエレベーター・ピッチ・コンペティションは制限時間がたったの1分だったとか。まずはどんな大会なのか教えてください。

ピッチのフォーマットにもいろいろありますが、今回のエレベーターピッチは本当に1分。厳密に言えば50数秒でした。香港の超高層ビルの2階から乗り込み、100階に着いてドアが開いた瞬間、待ち構えていたスタッフが「はい、ストップ!」と。エレベーターの中には二人の審査員がハイチェアに座っていて、その前に立ってプレゼンをするというものです。

参加するには審査があり、今回は応募650社の中から選ばれた40カ国100社が参加しました。

小林さんの参加の動機は?

一般にピッチのゴールは二つあります。一つは投資家向けのピッチで、投資を受けられるかどうか、投資に興味のある人を紹介してもらえるかどうか。もう一つは初期ユーザーの獲得です。こうした場に集まるのはアーリーアダプターが多いので、「面白そうだな」と思ってもらえれば、アーリーアダプター同士の口コミが期待できます。

『bajji』は昨年5月にできたばかりのサービスで、最初から世界中のユーザーに使ってもらいたいと思っています。だから、この半年の間にもシンガポール、ジャカルタ、香港と、機会があれば意識して海外のピッチに参加してきました。『bajji』はブロックチェーン技術を使ったサービスなので、それ以外にもアメリカやベトナム・ホーチミンでブロックチェーンに関する講演をしたりもしています。

今回参加したのもその一環。世界中のアーリーアダプターに『bajji』のことを知ってもらいつつ、次の投資機会を模索する意味がありました。

ブロックチェーン技術で人と人との信頼関係を可視化し、イノベーター人材の活躍を促そうとしている『bajji』

ワンメッセージにあえて絞らない

どんな作戦をもって臨んだのでしょうか?

普通のピッチと今回のエレベーターピッチとでは状況が少々違います。一番の違いは、ほかの人のピッチを聞けないことです。

普通のピッチであれば、自分の番が来るまでに何人かのピッチを聞くことができますし、聞いている人の反応を見ることもできます。私は通常、それらを見て作戦を決めるんです。ところが、今回のエレベーターピッチはエレベーターが開く一瞬しか中が見えないから、分かるのは「ああ、あそこでやるんだ」「狭い空間に二人座っているんだ」というくらい。情報量がかなり限られていました。

「エレベーター・ピッチ・コンペティション」ピッチに臨む際の事前の心構えとして大切なのは、アクセントを置きたいところを一つに絞らないことです。一般的には、1〜3分の短いピッチでは「ワンメッセージに絞れ」と言われることが多いかもしれないですが、私はあえて一つに絞ることをしません。

三つくらいの展開を想定して幅をもたせたまま当日に臨み、ほかの人のピッチを聞き、審査員の反応を見て、Q&Aの内容や来ている人の年齢層なども鑑みて、三つの武器のどれで戦うかを決めるんです。

技術的なことに興味のある人が多そうなのか、とにかく新しいもの好きが多そうな空気感なのか、それともちょっとアートな雰囲気があって、デザイン性が問われそうなのか。あるいは、前の人があまりにもディープな、技術コアなプレゼンで行った場合は、あえてエモーショナルに行こうかな、とか。前2個くらいのプレゼンと被らないようにしないと、印象には残らないですから。

あらかじめ一個に絞っていたのでは、当日情報を得て「ちょっと合わないな」と思ったとしても、当初のプランで行かざるを得なくなってしまう。ですから、あえて幅をもたせて臨むのが、ピッチがうまくいくための秘訣です。

株式会社bajji 代表取締役CEO BBT大学准教授 小林慎和

今回、小林さんが事前に用意していた三つの柱はどんなものだったんですか?

一つめは社会性の方向です。最近はフェイスブックやツイッターなどのSNSで、個人がポストした情報は誰のものなのかという「デジタルライツ」の問題が取りざたされています。『bajji』はブロックチェーン技術で人と人との信頼関係を可視化するSNSであり、この問題を解決する要素をもっている。一つめとして考えたのは、こうした社会性に訴える方向性でした。

二つめは「名刺の再発明」という方向性。『bajji』のトップ画面は、その人の経験や実績など、生きてきた人生の軌跡が見えるようになっています。そのことによって名刺をアップデートしたいというのが私たちの考え。なので、これを打ち出すのもありだろう、と。

そして最後の一つは、ブロックチェーンの技術で押すというプランでした。

絞り込むための情報が普段より限られた状況で、どうやってプランを選んだんですか?

まず、自分の順番が来るまでに時間があったので、隣に座って待っている人2、3人に「なにを話すの?」と聞きました。するとブロックチェーン推しの人はいなかったので、この線はありかな、と。

ただ、今回は1分しかないという条件面の制約が大きく、私はブロックチェーンの専門家ではないので、技術的なことをあまり深く掘り下げるのは難しい。ドアがパッと開いて目の前にいた審査員は、見た感じ50代半ばのシニアな二人。技術で押すのは違うだろう、となりました。

舞台が香港だったので、デモの話もあるから社会性の路線がウケるかとも一瞬よぎりましたが、逆にセンシティブすぎて良くない可能性もある。

最終的には審査員の年齢も考えて、「名刺の再発明」で行く方針に切り替えました。自分の名刺を1枚用意して、「マイ・ネーム・イズ・コバヤシ。この1枚から私のなにが分かりますか? なにも見えてこないでしょう。渡したところでメアドと電話番号くらいしか伝わらないのに、名刺のあり方は100年前と変わっていない。私はこれを変えたいんですよ」と。

本当にエレベーターに乗ってから決めたんですね。

株式会社bajji 代表取締役CEO BBT大学准教授 小林慎和

3分あったら最初の2分半は聞くことに徹する

ほかの人のピッチを聞く、観客の反応を見る・・・・・・こうしたことを通じて結局なにをしているのかと言えば、インプットを増やしているわけです。

お題としていただいた企業で働くビジネスパーソンの話に戻ると、社長と一緒のエレベーターに乗り込むにしても、電車に乗り込むにしても、短い時間だから「その間にどうにかして自分の考えを伝えないと」となりがちじゃないですか。でも、そうすると多分負けるんですよ

「伝えないと」と思うと負ける?

伝えよう、伝えようとするのではなく、短い時間だからこそ、どうにかして相手が聞きたいことをまずインプットしないといけない

例えば「組織改革しないといけない、こういう組織変更をすべきだ」というのが言いたいことだとして、最初の段階では、組織改革について相手がどう考えているのかというインプットが不足しているわけです。その状態のまま「組織をこう改革しないといけない。なぜなら・・・・・・」と理想論を語っても、1分のNHKのきれいなニュースを聞いているのと同じくらいにしか印象には残りません。

自分が「こうだ」と思うのはあくまで仮説でしかない。仮説から入って、それがバッチリ当たっていればいいけれど、必ず当たる保証などないわけです。ある程度の仮説の幅をもって臨み、最初にインプットすることから始めれば、その幅をグッと絞ることができる。そうすると当たる確率が高まる。時間がない時ほど、まず聞くべきなんですよ

どうやって相手の考えを引き出せばいいですか?

本当に時間がないのであれば、ストレートに「これについてどう思うか?」と聞き始めるのでいいと思います。それに対して興味が薄い反応を社長・事業本部長が示したら、そもそも見込みはないので。一方、「それはこうだ」という返答がすかさず来たらしめたもの。半分は「さすがですね」などとおだてつつ、もう半分で「でも気づかれていない点がある。実はこうだ。こっちが大事で、見落としていませんか?」と言えばいい。

株式会社bajji 代表取締役CEO BBT大学准教授 小林慎和

コップに入った水の量が相手について知っている量だとして、もう溢れるくらいに相手のことを知っているのであれば、すぐにアウトプットすればいいんです。でも、そうでないのであれば、ちょっとでも水を増やさないと。

制限時間が3分だったとして、3分アウトプットするのと、2分30秒インプットして最後の30秒でアウトプットするのであれば、100%後者のほうがいい。「それじゃプレゼンの時間の無駄じゃないか」と思うかもしれないですが、これは言い切れます。勝てるのは後者です。

10通りに主語を変えても「やるべき」と言えるか

あえて最初はインプットに徹することで、仮説の幅を狭め、相手に刺さりやすい形で自分の言いたいことを伝えるというのは目から鱗でした。でも、そのためにはそもそも仮説の幅をちゃんともっておく必要がありますね。

その通りです。「こうしたほうがいい」と一つの結論を主張する際にも、説明の仕方はいろいろとあります。うまい説明、奇をてらった説明・・・・・・根拠、ロジックもいろいろです。

それをひと通りでしか説明できないようならば、おそらく進めることなどできません。「AとBなのでCしたほうがいい」としか説明できないということは、単純な構造でしか理解しておらず、実は気づけていないたくさんの要素を見逃していることを意味しています。そういう状況では相手にも届かない。やるべきではありません。

株式会社bajji 代表取締役CEO BBT大学准教授 小林慎和

では、どうすれば説明の仕方に幅をもたせることができるか。テクニック的にいうなら、主語を置き換えてみるのがいいと思います。自分で考えたらこうだけれど、お客さんから見たらこう、技術的にはこう、社会環境から見たらこう、もし競合が始めたらこう・・・・・・というように。自分が「やったほうがいいな」と思うことを、いかに自分以外の主語で語れるか。主語を5個、10個と想定してみるんです。

それができたら、次は登場人物が二人以上いる場合を考える。そのそれぞれが想定外の方向を向いた場合でも成立するのかどうなのか。そのあたりをどんどん膨らませていくと、ストーリーの幅が広がります。すると、最初の2分半を聞く側に徹したとしても、いや、聞く側に徹するからこそ、どれは自分が言わなくてもいい情報なのかが分かっていく。そこで、最後の30秒でトンと言いたいことを言えばいいんです

小林さんはいくつもの会社を興していますが、事業のアイデアを磨く際にも、同様のプロセスを踏んでいるということでしょうか?

そうですね。プレゼンであろうとプロダクトであろうと、やることは変わりません。

私が「これだ!これ面白いやん」と今日思ったとしたら、1週間後には必ず進化していると言い切れます。なぜならさまざまな形でインプットして過ごすから。毎日違う人に会いにいくとか。普段行かないデパートをうろちょろするでもいい。そうすると徐々に水の量は増えて、1週間後には「コップ2杯の中からなにを話してやろうかな」となる。

アウトプットをより良くするのに、アウトプットの練習をしていても意味がないんです。ストップウオッチで3分測って、うまく話せるように練習する? どれだけうまく話せるようになったとしても、コップ1杯の水はコップ1杯のまま。アウトプットをより良くするには、インプットを増やすしかない。インプットがコップ2杯分に増えたら、それだけアウトプットできるんです。

株式会社bajji 代表取締役CEO BBT大学准教授 小林慎和

いま取り組んでいる『bajji』の初期アイデアを考えついたのは一昨年の9、10月くらい。根底に流れるものは重なっていますが、見た目もサービス名もいまとは違います。最初はインスピレーションで「これだ!」と思ったところから始まって、昨年1月くらいまでは同じコンセプトで押していたんですが、とある上場企業の社長であり投資家の人にピッチしたら、1ミリもかすらなかったんです。

コンセプトが刺さらなかった。

その時は「ああ、この人分かってないな」と思いましたけど(笑)。ドンピシャで刺さった人もいたけれど、ハマってほしかったその人にはハマらなかった。そこからまたインプットを重ねて、『bajji』は現在の形になっています。

アウトプットを考える時には、一旦アウトプットを忘れるのが私の行動パターンです。そう自分に言い聞かせているんです。プレゼンの内容を考える時には、一旦プレゼンを忘れるのが鉄則。アウトプットにとらわれると、いまの自分のままどうにかしてアウトプットしようとしてしまうので。いまの自分を一旦忘れて、どうにか自分を客観視して、ゼロベースでインプットを増やす必要があります。

覚悟が見えなければ聞く耳なんて持ってくれない

ところで、小林さんご自身は野村総研の会社員時代、エレベーターホールまで上司を追いかけて掛け合ったご経験がありましたか?

株式会社bajji 代表取締役CEO BBT大学准教授 小林慎和

それに近い経験はあります。

一つは、野村総研時代、自分が33歳の時、事業本部長室にいきなり行って「これが絶対来るからお金を出してくれ」と掛け合いました。社内ベンチャー制度はあるにはあったのですが、選考には半年もかかってかったるい。そのアイデアは、いまでいうクラウドファンディングにあたるものでしたが、「野村総研がこれをやるべきだ」と強く主張しました。残念ながら会社化には至りませんでしたが。

もう一つは、31歳の時に当時のクライアントに向けての場面。相手は20歳以上年上の大手企業の事業部長。プロジェクトを受注して1カ月間、毎週のようにプレゼンしましたが一向に聞く耳を持ってくれず、提案をことごとく蹴散らされていました。私が話し始めても、ものの数秒で話を遮られる。それが忘れもしない2006年11月3日、文化の日。朝9時に呼びつけられて会議室に着いたところで、いつものように喋り出そうとする先方を遮って「3分黙ってください」と啖呵を切って。

それまでは聞く耳を持ってくれなかった向こうも、こちらの覚悟を察してくれたんでしょう。初めて最後まで聞いてくれました。そして終わるとひとこと「すばらしい。分かってるじゃないか」と。

1カ月前に聞く耳を持ってくれてさえいれば、それで済んでいたのに?

いや、そうではありません。毎週プレゼンして袋叩きにあったことで、ようやくその人がやりたいことが分かってきたんです。だからこそ、最後の時は自信がありました。

自信があったからこそ「黙って」と言えたんですね。

その方とはいまでも飲みに行かせてもらう間柄ですが、向こうもはっきりと覚えてくれています。「小林、11月3日は良かったな。最初はガキが俺に黙れだと?と思ったけれど、あの勇気に免じて黙ってやったよ」って。結果、そのプロジェクトは3年半も続いたんですよ。

「60秒でYESを引き出す」には、まず聞く耳をもってもらわないことには始まらないですし、いまのお話も示唆に富んでいますね。

「啖呵を切った」と言いましたけど、その時の私は「聞いてもらった後にはどれだけボロカスに言ってもらっても構わない」ともあわせて伝えています。要は、それだけの覚悟を示しているわけです。

だから、仮に相手が聞く耳をもっていなかったとしたら、まずは覚悟を伝えることではないでしょうか。「自信ないんですけど、ちょっと聞いてもらえますか?」くらいでは、相手だって耳を塞いでしまう。聞いてもらいたかったら、こちらも退路を断つくらいの覚悟が必要ということだと思います。

株式会社bajji 代表取締役CEO BBT大学准教授 小林慎和

株式会社bajji 代表取締役CEO BBT大学准教授 小林慎和
大阪大学大学院卒、博士(工学)、野村総研、GREEを経て、シンガポールにて起業。これまでにアジアで5社、日本で2社創業の連続起業家、人生のミッションである「社会変革人材の増大」にコミットするべく、2019年4月bajjiを設立し次世代SNSを展開中。

[取材・文] 鈴木陸夫 [企画・編集] 岡徳之 [撮影] 伊藤圭

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