建設機械に革命をもたらした「KOMTRAX(コムトラックス)」誕生の足跡 コマツ(株式会社小松製作所)
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このKOMTRAX(コムトラックス)記事は2013年3月11日に掲載されたものです。
PROFILE
- 坂根 正弘(さかね・まさひろ)
コマツ(株式会社小松製作所)取締役会長、日本経済団体連合会副会長 - 1941年生まれ。島根県出身。大阪市立大学工学部を卒業後、コマツ(株式会社小松製作所)に入社し、ブルドーザーの設計を行う。89年取締役、91年小松ドレッサーカンパニー(現コマツアメリカ株式会社)社長を経て、2001年代表取締役社長、07年代表取締役会長に就任。2010年より現職。現在、一般社団法人日本経済団体連合会副会長、同環境安全委員会委員長、政策検証委員会委員長、震災復興特別委員会共同委員長を務める。著書に『限りないダントツ経営への挑戦』(日科技連出版社)『ダントツ経営』(日本経済新聞出版社)『言葉力が人を動かす』(東洋経済新報社)など。
利益2%を度外視してでも標準装備にするという決断
GPSを搭載したコマツの建設機械がいま世界で約30万台稼働しています。これは「KOMTRAX(コムトラックス)」と呼ばれる機械稼働管理システムで、どの機械がどの場所にあって、エンジンが動いているか止まっているか、燃料がどれだけ残っているか、昨日何時間仕事をしたか、すべてがコマツのオフィスで分かる仕組みになっています。
「KOMTRAX(コムトラックス)」が生まれるきっかけは1998年ごろ、盗んだ油圧ショベルでATMを壊して現金を強奪する事件が日本で多発していて、その盗難対策として「GPSをつけたらどうか」というところからスタートしました。ちょうど私が経営企画室長のときのことでした。当時はすでにカーナビが普及し始めていたので、「あのGPSを搭載したらどういうことが分かるんだ?」と技術者に聞いたら、所在場所が確認でき、通信機能を付けることで位置だけでなく他のセンサー情報も取れるようになるというのです。たとえば飲料の自動販売機では、どの商品がどれだけ不足しているのかは補給に行く前からリモートで分かるようになっていると。それを聞いて、じゃあ同じことを建設機械でやったらすごいことができるじゃないかと私は直感しました。そこでGPSの位置情報のほかに、エンジンコントローラーやポンプコントローラーから情報を集めることで、その機械がいまどこにいて、稼働中か休止中か、燃料の残量はどのくらいかといった情報を取得し、通信機能を使ってコマツのセンターにデータを送る仕組みを開発しました。これが「KOMTRAX(コムトラックス)」というシステムです。
「KOMTRAX(コムトラックス)」を実用化した当初はオプションで搭載していました。すると、「コマツの機械を盗んだらすぐ追跡される」と評判になりました。数年後にはお客さまの現場から500メートル以上車が移動したらお知らせメールが飛ぶ、サーバから命令を送るとキーを入れてもエンジンがかからなくなるといった仕組みができました。こうなると泥棒は油圧ショベルを盗んでトレーラーに乗せてATMの前に行ってもトレーラーから下ろせなくなる。そのうち「コマツの機械は盗んでもだめだ」となって、盗難が劇的に減少しました。その結果、盗難保険も安くなってお客さまからは二重に喜ばれるようになりました。
そして2001年、私が社長に就任したときに、「KOMTRAX(コムトラックス)」を標準装備にすることを決めました。実はこの装備には当時1,000万円の機械でコストが20万円かかっていました。そのころ会社は800億円という、創立以来最大の厳しい赤字状況に直面していたものですから、2%もの利益が吹っ飛ぶような装備をつけるのは大変な決断でした。けれども、私は「お客さまのためにつけるんじゃない、自分たちのためにつけるんだ」と考えて断行しました。なぜかというと機械の所在場所が分かるだけでも画期的なメリットがあるからです。
画期的なメリットが新たなビジネスモデルを生み出した!
私は日本とアメリカで、商品の点検・修理などを担うサービス部の部長を経験してきました。そのとき一番苦労したのは、お客さまから「故障したから機械を取りに来てくれ」と言われても、それがどこにあるのかが分からないことでした。工事現場というのはたいてい人里離れたところにあったりするので、「先 週行ったときにはあそこにありましたよ」という営業やサービスの人たちの話を頼りに行くわけです。そこに行き着くまでには、お客さまと延々と電話でやりとりをしなければなりませんでした。もしも機械にGPSがついてオフィスで位置が分かれば、そんな労力をかけずにたどり着くことができます。
仮に私がサービス部長を経験していなかったら、その値打ちは分からなかったでしょう。このシステムがあれば居場所も含めてさまざまな情報が「見える化」できるに違いない、そういう値打ちのほうが長期的に見てはるかに大きいと思い私は標準装備に踏み切りました。通常は短期的に利益が悪くなると思ったら 決断できないものです。しかし、そういう決断こそトップが果たすべき役割なのだと思います。
その後「KOMTRAX」は進化していきます。情報通信技術の進歩でセンサーさえつければ何でも分かるのです。「あなたの機械は100時間エンジンをかけていたのに、仕事をしたのは60時間しかありませんでした。40時間エンジンを無駄にかけていたから、運転手にこういう指導をしてください」とか 「この機械はそろそろ部品の交換が必要です」といったフィードバックを、お客さまに提供することができます。するとお客さまは「こんなことまでサービスしてくれるのか!」となり、コマツが製品の値上げをしたときも、「ああいったサービスが含まれているならば値上げもしょうがないか」と思ってくださる。標準化のコストは結局そこで回収できることになるのです。GPSをオプションで搭載するだけなら誰でもできます。それを標準装備にして新たなビジネスモデルをつくるということが重要なのです。 また、「KOMTRAX(コムトラックス)」を搭載した約30万台の建設機械から上がってくるデータから、コマツの経営陣は、世界中の市場の動きを細かく見ています。継続的 なデータ収集は競争上の優位性になります。また世界中の建設機械の稼働状況を知ることは、市場の先行きを占う上で大きな判断材料となります。こうした最新 の情報を経営判断や次の戦略の構想にまで活用しているのは今のところコマツだけですから、その差は大きいと言えます。
ものづくりコストで負けたわけじゃない、収益悪化の元凶は固定費にあり!
「KOMTRAX(コムトラックス)」はコマツのダントツ商品の代表例です。ダントツ商品とは、競合他社が数年かけても追いつけない際立った特長を持つ商品のことで、 前述した創業以来の危機にあたって構造改革を推進する中、会社には希望がなければならないと考え、その象徴としてダントツ商品を開発しようと宣言したので す。
そもそもコマツが赤字に落ち込んだのはなぜか。私が社長に就任して真っ先に取り組もうと思ったのは、本当の赤字の原因を探すことでした。原因が分からなければ対策の打ちようがありません。まずはデータをとって現状を正確に把握すること、すなわちファクト・ファインディングの作業から始めました。コマツは世界各地で同じ機種を生産しているので、それぞれの工場の生産コストを厳密に比較調査しました。そこで分かったことは、日本の工場には十分なものづくり競争力があるということでした。
企業のコストは大まかに変動費と固定費に分けられます。変動費はそのときどきの生産量に応じて増えたり減ったりするコストで、工場の直接部門の人たちの人件費や材料費、そして生産性の違いがこれにあたります。一方、固定費は生産量の増減に関係なく、常にかかるコストで、設備償却費や間接部門の人件費など多くの費用が含まれます。調査の結果、ものづくりにかかる変動費の部分だけで比較すると、2001年の為替水準で、最も生産コストが低いのは、意外にも日本であり、結局のところ収益を悪くしているほとんどの原因が固定費だということが分かりました。
生産コストで負けているわけではないと知った私は、さらにアメリカの競合会社をベンチマークして、決算情報から分かる情報を比較し、グラフにして示しました。すると競合会社よりもコマツのほうが売上高に対する固定費(販売費および一般管理費)の比率が6%高くて営業利益率が6%低いことが明確に分かりました。そこで固定費さえ下げれば利益が出るのだということを出発点にしました。
固定費を下げるため、事業の統廃合を行い300社あった子会社を2年間で110社減らし、商品アイテム数も日本でしか売れないものは廃止して半分にしました。その成果は早くも現れて2002年度には約300億円の営業黒字にすることができました。開発力や生産力で負けていないのなら、贅肉さえそぎ落とせ ば、必ずよみがえる。そのことが証明できたと思います。 ちなみに、2011年度の実績で見るとコマツの国内生産比率は55%、そのうち15%を日本で売って40%を輸出しています。昨年度の円高の為替レート水準(コマツの2011年度期中平均為替レート:1ドル79円)でも、日本で売るより輸出のほうが利益を出せたのです。
2001年度から競合との差が詰まっていくのが見て取れる。為替レートの影響を受けながらも、アメリカの競合会社よりも高い営業利益率が続いていることも注目に値する
日本の製造業が弱くなった本当の理由
雇用を聖域化したらじり貧になるだけ 長期的に見れば痛みを伴う改革は不可欠
前記の構造改革では、早期退職という大手術も1回だけやりました。そういう思い切った手が打てたのは、私が1991年にアメリカで小松ドレッサーという会社のCOO(最高執行責任者)を経験してきたことがベースにあったからです。その時期に、日本流の雇用に対する価値観は長期で見たら必ずしも全体最 適にならないということを身をもって体験しました。
1991年ごろのアメリカ経済はひどい景気後退で、ほとんどの企業が赤字でした。小松ドレッサーは、コマツが現地企業と合弁で設立した会社で、私が赴任したときは合弁直後で、経営の立て直しが急務となっていました。いろんな意味でコスト負担が二重になっていたのです。合弁前は現地企業が工場を5つ、 コマツ側が1つ持っていて、彼らはすべて組合のある工場、コマツ側はノンユニオンの工場でした。
私は取扱商品、生産コスト、将来性などを考えて、計6つある工場のうち2つは閉鎖と生産機種の絞り込みを決めました。アメリカでは、根拠がしっかりしていたらユニオンに相談すれば閉鎖できます。残った4工場は景気がよくなるまで雇用調整でしのぐことにしました。すなわち彼らの3工場ではアメリカ流儀に従ってレイオフ(一時解雇)する。一方、コマツが持っていた工場はノンユニオン。日本流儀で雇用は維持する代わりに、痛みはみんなで分かち合おうと給与を一律カットして休業し、工場の草むしりやペンキ塗りなどをして過ごしました。
やがて景気が回復して生産が再開すると、日本流儀を貫いた工場では雇用を大事にする会社だとものすごく忠誠心が高まり、モチベーションも上がりました。ただし、5年後どうなったか。景気がよくなってきたから増産投資を検討したのですが、この工場は雇用に手がつけられないから増産投資をして人を増やすわけにはいかないという結論になりました。景気悪化の可能性に備えて生産能力・生産人員をミニマムに抑えて、それでオーバーフローするものは同じ商品を造っているタイやインドネシアから持ってこようという話になりました。その結果、10年たってみたら、そこだけは従業員の平均年齢がどんどん上がって、古い設備ばかりの工場になってしまった。実はこの工場がいまの日本の縮図なのです。雇用が大事だと言って従業員を抱え込み、雇用を確保するために事業を多角化して子会社をいっぱいつくる。そうやって全部ひっくるめたコストで日本の生産コストは高いといって海外に逃げていくというのがお決まりのパターンです。
日本的な雇用を大事にするという考えは、短期思考で大事にしているのであって、長期で見たら雇用も増やせないし、投資もできない。決して社会的責任を果たしていることにはならないのです。このアメリカでの経験があるから、同じことをやったらだめなんだ、一度は思い切って雇用に手をつけない限りどんどんじり貧になる。そう考えて私は早期退職者を募りました。これにより日本国内に約2万人いた従業員が1万8,500人まで減りました。しかし、その後日本でのものづくりに自信を取り戻し新工場を2つ造り、いまでは従業員は2万2,000人に増えています。思い切って人員削減しましたが、10年たってみて、そのやり方のほうが社会的責任を果たしたということは明らかです。もちろん当時退職に応じられた方には今でも申し訳ない気持ちで一杯ですが。
雇用には絶対に手をつけてはいけないと聖域にし続けてきたのが日本です。しかし、景気には大きな波があり、我々の経営環境は常に変化しています。この変化に合わせて企業は新陳代謝をしていかなければなりません。一度雇用が減ってもまた増えていくという、この繰り返しであるべきです。そのために国は雇用調整 する時のルール、そして対象になった人へのセーフティネットをもっと充実させねばなりません。
「お客さまもまだ見ぬ夢」を叶えることで未来を切り開く
ダントツ商品・ダントツサービス・ダントツソリューションで「コマツでないと困る」度合いを高め、お客さまから選ばれ続ける存在になる
いくらダントツ商品であってもいつかは競合他社に追いつかれます。コマツが15年前に売り出したGPS機能付きの建設機械も、数年前から競合他社も販売しています。売れ続ける仕組みをつくるには、ダントツサービス、もっといえばダントツソリューションを提供することが重要になってきます。
いまの時代、特に情報通信技術分野の進化は目覚ましく、お客さまが抱える問題やその解決策を自分で想像したり口にすることができないこともあるのです。そんなお客さまに代わって我々が「あなたがやりたいことはこういうことではないですか、それならこんな解決方法がありますよ」と提案して初めて、「そ んなことができるのならやってください」となります。たとえばダントツ商品である「KOMTRAX(コムトラックス)」を搭載した機械でデータを収集・分析してお客さまに、「こうすれば燃料消費が抑えられますよ」とフィードバックするというダントツサービスを提供するのです。
これをもっと進化させたのが、チリとオーストラリアの鉱山で動いている無人ダンプトラックです。300tダンプに運転手が乗らず、無人で動いています。なぜ無人ダンプが鉱山会社から必要とされるかというと、資源開発の需要性が高まっていることに加えて、開発現場の「奥地化」も進んでいるからです。人里から近い、掘りやすい現場は、ほぼ掘り尽くされ、新たな鉱山を開発するには、山奥や寒冷地のような辺境に出かけていかなければなりません。そのため、省力化できることはできるだけ省力化したいのです。ダンプを24時間体制で動かすとなると1台あたり4~5人の運転手が必要です。また、ダンプトラックの運転は、決められたルートを繰り返し行ったり来たりする単純作業が続くため気の緩みなどから転落事故を起こすリスクもあります。お客さまは「ダンプトラックが無人にできれば運転手の人件費が助かっていいなあ」という程度の希望はおっしゃいますが、そこから先のことまでは分かりません。そこで我々が、どうすれば実現できるかを語ります。飛行場の管制塔みたいなコントロールセンターがあって、そこで数人の監視員が鉱山中のダンプを管理して、常に規則正しい運行になるので安全が確保される上に、最適な加減速でCO2も削減できて……と具体的に未来の鉱山のイメージを説明できれば、「それならやってください」となるのです。
お客さまが欲しいものをマーケットインで探してつくるのが正解か、プロダクトアウトつまり技術志向でつくって世に出すのが正解かという議論があります。いま我々はお客さまのニーズを先取りしたプロダクトアウトで、こんなふうに問題が解決できますよと、ダントツソリューションを提案できるところまできています。そこまでいけば、「コマツでないと困る」とお客さまに思っていただけるのです。
この「コマツでないと困る」という度合いは言い換えればお客さまからの信頼度です。21世紀に入って以降、我々は「企業価値=株主価値」とする米国流の考え方を問い直し、企業価値とは「社会と全てのステークホルダー(利害関係者)から得られる信頼度の総和」と考えるようになりました。企業にとって最も重要なステークホルダーはお客さまです。それはステークホルダーの中で我々の「企業価値」を創ることと、評価することの両面ともに深く関わるのはお客さまだけだからです。そして他のステークホルダーは、お客さまから我々の企業価値に応じて支払ってもらった対価の分配にあずかっていると理解すべきです。従ってダントツ商品、ダントツサービス、ダントツソリューションを提供して「コマツでないと困る」度合いを高め、お客さまから選ばれ続ける存在になること。それが私たちの目標です。
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