副業で始める「ローリスク起業」のススメ オラクル兼業社員に聞く
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昨年厚生労働省が発表した「副業解禁」により、社外での活動を始める人が増えつつあります。その多くは、本業で培ったスキルを他の組織に属して活かすというもの。しかし中には「起業」して、自らの組織で活かそうとする人も現れ始めています。
ジョージ・アンド・ショーン社(G&S)の井上憲さんもその一人。IT大手、オラクルの日本法人に勤めながら、AIを活用した高齢者の見守りサービスを開発。同社のメンバーもキヤノンや米ソフトウエア系など、大手企業で働く副業者がほとんどだそうです。
副業ならばと、これまで縁遠かった「起業」という選択肢が身近に感じられる人もいるのでは?
今回は井上さんに、どのようにして起業に至り、副業する仲間が集い、サービスが育っていったのか。起業一本ではなく、副業としての起業ならではの面白さ、苦労、それによって得られたことなど、「副業で起業のリアル」を伺いました。
PROFILE
- 井上憲
ジョージ・アンド・ショーン株式会社 代表取締役/日本オラクル株式会社 シニアマネジャー - 1980年生まれ。社会起業家。2006年に日本オラクルに新卒入社後、現在までIoT/クラウド製品の事業開発を歴任。一方で自身の家族の迷子をきっかけに2016年3月に東京工業大学院時代の学友とジョージ・アンド・ショーン合同会社(現ジョージ・アンド・ショーン株式会社)を創業し、見守りサービス『biblle(ビブル)』の展開を始める。直近ではテレビ東京系列ワールド・ビジネス・サテライト『イノベンチャーズ列伝』、日経産業新聞1面などで兼業事業者としてメディア露出中。
きっかけは「祖母の認知症」 原体験に突き動かされ、法人化
―まずは、本業のお仕事について教えてください。
日本オラクルのデジタルトランスフォーメーション推進部に所属しています。
もともと東京工業大学院で機械学習を学んでいたので、最初はエンジニアとして新卒で入社しました。現在は事業開発がメインの仕事。要素技術やデータベースを開発したり、マーケティング戦略を考えたりして、お客さんと一緒に新規事業を立ち上げています。
ジョージ・アンド・ショーンを起業したのは、2016年3月です。ただ、もともとは起業なんてまったく考えていませんでした。理系なので、経営や経済の知識は薄いですし、中小企業診断士の試験を受けても落ちてしまうくらい(笑)。ずっと副業もしていませんでした。
きっかけは、祖母が認知症を発症したことでした。短期間に何度も家からいなくなることがあったんです。認知症の人の徘徊についていろいろ調べると、踏切で事故にあった人もいたりして・・・「いつ、またいなくなってしまうのか」と気が気じゃなくて、一時は仕事が手につかないほど精神的にまいっていました。
「たぶん、同じように困っている人ってたくさんいるんだろうな」とも思ったんです。
祖母は、とある警備会社が出している見守り機能つきの製品を使っていました。ですが、サイズが大きすぎて、毎日充電するのは面倒。それに、ボタンを押すとセコムさんが来る設定になっていて、押し間違えそうになる仕様なんですよ。これを使い続けるのは、難しいなあって。
それが2014年10月ごろだったんですが、ふと思いついたんです。そのころ海外で広告の技術として使われ始めていた、自分と誰かの携帯がすれ違うと位置情報が入ってくる「ビーコン」という要素技術を使えるんじゃないか、と。
すぐにビーコンを取り寄せて、試供品を製作し、まずはつながりのあったいくつかの自治体さんにトライアルで使ってもらいました。
その後、法人化したのは、必要性に駆られたからなんですよ。今後、多くの認知症の方々が持ち歩けるように、たくさん物を作って売っていくには銀行からの融資が必要だな、と。取引も90%以上がBtoBで信頼が重要なので、それで会社を設立したんです。
―自分の親戚が認知症になったとしても、そうした行動に向かわない人もたくさんいると思います。井上さんはなにが違ったのでしょうか。
見守りサービスに限らず、「あんなこと、こんなことができたらいいのに」って思いついたら、その都度メモしてきたからかもしれませんね。「エレベーターに近づいたら自動で扉が開いてくれたらいいのに」とか、何百個ものネタが溜まっているんですよ。
今回のアイデアだって、他の物とそんなに差はない。ただ、原体験に突き動かされて、自分が本気で取り組めるものだった。だから事業化に至ったのだと思います。
また、オラクルで事業開発をする時には、右脳的判断を大事にしていて。場数を踏んでいくと、そのサービスが伸びるか否か、直感的に感じられるようになるんです。将棋の羽生さんが、左脳的にはコンピュータには勝てないけれど、盤面を見て分かることがあると言うじゃないですか。きっとそれと近しいもので、“これはいけるかも” という感覚はありましたね。
思えば、みんなに使ってもらえるインフラを作りたいと思って、オラクルに入社したんです。学生時代には、コンピュータグラフィックスで水のなかに魚っぽい物を入れて泳ぎ方を覚えるように動かしたり、減らない電池を作ったり、物理でそういう実験をしていたので・・・ 昔からの思いと、原体験と、アイデアがちょうど重なったんだと思います。
“先端技術” を持つ大企業で働くメンバーが続々と参画
―開発するサービス、具体的にはどのようなものですか。
なくしもの防止・見守りサービスで『biblle(ビブル)』といいます。物や人にタグをつけ、そのタグの位置をビーコンを使って特定し、位置情報や、そのタグが他のユーザーといつ、どこですれ違ったのかをアプリで確認し、探すことができます。
例えば、子供がいなくなってしまったとき。他のアプリユーザーとのすれ違い履歴を見れば、だいたいの居場所を掴むことができます。要は、biblleのタグもしくはアプリをダウンロードしている人が増えれば増えるほど、追跡が可能になる。人助けになるんです。
ただ、biblleとアプリだけでは限られた情報しか受信できないので、自販機など街中にあるネットワークにつながっている機器を作っているインフラメーカーの基盤も使わせてもらっています。徐々にではありますが、追跡可能範囲を広げている最中ですね。
祖母が徘徊して行方不明になったときも、地域の人が見つけてくれたんですよ。だからこそ、地域のみんなの目が行き届いて成り立つようなサービスにしたくて。認知症って、家族だけで問題を抱えてしまうと、精神的にも肉体的にも大きな負担になりますから。究極的には、タグの普及を通して、みんなで見守るカルチャーを作りたいんです。
ちなみに、biblleの技術を応用すると、認知症の早期発見にもつながるんです。例えば、高齢者向けの施設に受信機を置いてもらうと、入居者の方の最近の妙な動きに気づくことができます。自分の部屋ばかりにいるな、変な時間帯に外出しているな、だとか。早期発見ができれば、認知症の発症率は大幅に抑えることができます。
また、2018年にはグッドデザイン賞もいただきました。高齢者の方々が自ら「持ちたい」と思えるようなシンプルで可愛いデザインや、子供や孫の写真をネット上にアップロードして、オリジナルなものを作れるようになっていて。そうしたコンセプトも評価いただいています。
―G&Sは、メンバーの多くが副業で参加していると聞いています。どのようにして集めたのでしょうか。
現在のCTO(中村晋吾さん)には、ビーコン技術の応用を思いついたその日のうちに連絡しました。彼は大学院時代の同級生で、卒業後はアクセンチュア、PwCとコンサル畑を歩んでいた。ただ、なにか相談をしたら、いつも「やってみようか」と前向きに受け止めてくれるイイやつで・・・。2、3年会っていませんでしたが、アイデアを話したら、すぐに参画してくれました。
当時、彼はコンサル会社から独立し、日本のブラウザメーカーからの受託開発を一人でやっている状態でしたが、空いた時間をこっちに回してくれました。今では専業ですけど、給料は前職と同じくらい。それでも「おれは楽しいやつらと働きたいだけ」「お金儲けはあとでいいから」といつも言ってくれます。取引先から「ああでもない、こうでもない」って言われながら仕事をするより、自由度高く、本当にやりたいことができて楽しいみたいです。
2016年3月には他の3人が合流してくれました。本業は通信系とメーカー系の大手で、もともとつながりがあった人たち。オラクルに中途入社した同い年のメンバーと、大学時代の同級生と後輩。とにかく気が合う仲間です。
彼らがいいのは、本業を通して日々、各領域の先端技術を吸収していること。例えば、本業で光学レンズを作っているメンバーは、どうすればレンズというものを薄くできるかを知っている。それはbiblleを形にするときにもそのまま活きる技術でした。
たぶん、メンバーみんなに共通しているのは、死ぬ時に「おれはこれをやってきた」と自分が誇れるモノを世に残したいと思っていること。お金を稼ぐため、とかではなくて、仕事で自己実現をしたくて一緒にやっているような感覚です。
“リコール危機” を乗り越え、人との縁に助けられて今がある
―どのような戦略で、事業を軌道に乗せていったのでしょうか。
まだまだ軌道には乗っていないですよ(苦笑)。副業して改めて、大手企業の安定感ってすごいんだなと思いました。オラクルは僕が一カ月休んでも潰れないですから。でも、ベンチャーなんてトップが倒れたら潰れちゃいます。そのプレッシャーは常にありますね。
当初は3つの戦略を掲げていました。「中長期をかけてプラットフォーム作りをすること」「自分たちが得意なBtoB案件にフォーカスすること」、そして「本業ではやれないようなことをしよう」と。
本業でサラリーマンとしての安定があるからこそ、副業では中長期的なビジョンを追うことができる。時間をかけないと実現が難しい、すぐには儲からないかもしれないプラットフォーム作りができるんじゃないか、と思っています。
働き方は、製品企画は平日夕方に行い、企業や自治体の人とのプロジェクトは週末に行うようにしています。1年目は、三菱重工さん、JTさん、JCBさんなどの大手企業がCSRの一環として導入を決めてくれて。モノづくりのためのコワーキングスペース「DMM.make AKIBA」にも入居しました。
2年目には、開発パートナーを見つけて、「Makuake」を使ってクラウドファンディングを行いました。ただ、年末に出荷した商品が、翌日には使えなくなってしまう事態に見舞われて・・・。本業でもおそれている「リコール」の危機に直面してしまいました。正月休みなんてなくなりましたし、お客さんにも怒られるし、なんとかしないといけない、ともう必死で(苦笑)。
今もそうですが、走りながら、学んで、進めていった、という感じです。その後、TOKYO DESIGN WEEKにも出展して、そこでようやくサービスをリリース。セレクトショップにも置かせてもらったりしました。
ただ、こうした歩みのほとんどが人と人とのつながりで成り立っていて。企業の開拓にしても、リコール対応にしても、周囲のいろんな人に助けてもらったんです。
2歳、3歳児ってしょっちゅう風邪を引くじゃないですか。会社もそれと同じで、よく風邪を引くし、よく骨折もします。そういうのを楽しめるかどうかは、大事だと思いましたね。
副業だからこその起業の “旨味”。自己実現としてのライフワーク
―副業で起業したことは、本業にどのような影響を与えているとお考えですか。
副業で起業したからこそ、今まで出会えなかったような人たちと、新しいつながりがいくつもできました。
また、本業だけのときって取引先に製造業がいても、彼らが実際なにをしているかってちゃんと想像できていなかったんですよ。でも今は、自分もモノを作るからこそ分かることが増えました。「最近この素材は高いですよね」だとか。相手の立場に立てるようになり、信頼関係を築きやすくなったように思います。
また、オラクルが今年行った新サービスの発表記者会見では、G&Sでの活動をきっかけに知り合ったNTTの方が基調講演をしてくださったんです。直接、本業の売上には跳ね返ってこなくても、こうして副業でのつながりで本業に貢献できるのは、嬉しいことですね。
―副業だからこその良い面は、どのようなことがありますか。
『金持ち父さん 貧乏父さん』の著者・ロバートキヨサキさんは、仕事上の立場というモノを「ESBI」・・・ Employee(従業員)、Self-Employed(自営業者)、Business Owner(ビジネスオーナー)、Investor(投資家)の4つに分類しているんです。
僕みたいに副業で起業していると、従業員とビジネスオーナー、双方のメリットも享受できるのは大きいと思います。「G&Sの井上です」と言っても伝わらない場面で、「オラクルの井上です」と言えば、システムのことは話せそうだ、だとか一定の信頼担保につながります。オラクルを通して作れるコネクションがあるのは、ありがたいことです。
また、起業一本のベンチャーの場合、日銭稼ぎで8割くらいの時間を取られることもあると聞きます。でも、兼業ならそれが不要。本業があるので、フルリスクでなく、儲け至上主義でやらなくてもいい。ただし、限られた時間しか使えないので、本当にやりたいことだけに猛烈に集中しないといけないですけどね。
それに、メンバーのスキルセット的には13人分、しかも先端技術の持ち主なので、本来であれば結構な人件費がかかるはずですが、専業は2人だけで他のメンバーはみんな副業です。ランニング費用だけで考えれば、一般的なベンチャー企業の10分の1くらいで済んでいて。中長期かけてプラットフォームを築く必要のある課題に挑むうえでは有利だと思いますね。
よく「いつ、オラクルを辞めるの?」と聞かれますけど、これからも僕らは本業を辞めないんじゃないかな。本業で先端的な技術、情報を拾ってこれるので、むしろ専業になってしまったらよくない部分もありますし(苦笑)。
それに、本業も楽しいですから。たぶん、本業が楽しくない人は、副業なんてやっていられないはず。本業だけでも忙しいのに、副業との両立はもっと大変ですよ。必然的に労働時間は長くなりますし。
ただ、「まだ、オラクルにいたの?」って同僚に言われると地味に傷つきます(苦笑)。だからこそ、もっとオラクルのためになることをやらないとなって思えるんですけど。
―井上さんのように、副業で起業して上手くいくためには、どうしたらいいでしょうか。
副業でやる会社って、ライフワークといいますか、本当に心からやりたいことをやるための会社だと思うので、まずは自分のやりたいことを知ることです。そして、それを世の中の人がほしいと思うものに結びつけるやり方が見えれば、ためらわずに始めたらいいと思う。
アイデア次第で、仲間も集まってくれるはずです。せっかく副業で「これだ」っていうものをやりたいなら、とにかく語れるだけの強い思いをブラさないでください。巻き込まれるほうは「こいつ、本当にやり切れるのか?」って見ていると思うので。
あとは、本業の中にどういうポジションを確立させるかも考えたほうがいいかもしれません。副業を始めると、正直、いろんなことを言ってくる人がいます。また、副業が伸びてくると本業がしんどく感じてしまう時期も出てくるので、なんで自分は本業を続けるのか、はっきりとした意志を持つことです。
実は、僕が副業で起業して一番よかったと思ったのは、人に優しくしてあげられるようになった、と感じられることなんですよ。
biblleって、高齢者だとか誰かを助けるためのサービスじゃないですか。それを作っているうちに、ちょっとしたことでも人に優しくしてもらえたら、自分の次に来る人のためにドアを開けておいてあげようとか、席を譲ってあげようとか、行動できるようになったなって。そうやって、一人ひとりの意識が少しずつでも変わっていったら、世界はもっとよくなるはず。
今後の大きなビジョンは、高齢者と一緒に楽しめる、元気なまちづくりをすることです。だけど、これを死ぬまでにやろうと思ったら、走り続けないと間に合わない。そういう感覚で、めちゃくちゃ楽しく働いていますよ。みんなでよく朝まで飲んで、語り合って、次の日、また本業の会社に出社して(笑)。ライフワークに近い、自己実現だと思っています。
自分にとっての「かっこいい」の定義も変わりました。いい学歴で、海外留学経験があって、交友関係が広くて、稼いでいて、いいお店を知っていて・・・ そういう絵に描いたようなかっこよさだけじゃなくて、“自分で納得したことをやっている人” が、本当の意味でかっこいいと思うようになったんです。幸福のモノサシは自分自身、自分がやりたいと思うことをやっていることが大切だと思いますね。
[取材・文] 水玉綾 [企画・編集] 岡徳之 [撮影] 伊藤圭
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